高橋一生が“フィクション”に与える説得力 『るろうに剣心』に必要とされた理由を読む
一方、演劇作品である『フェイクスピア』での高橋も、この「説得力」が必要とされる難しい役を演じている。“難しい”というのは、演劇というものが、観客の目の前で現在形で立ち上がるものだからだ。舞台上にあるのは俳優のホンモノの身体だが、観客はチケットを求め劇場へと足を運び、開演時間を待ちわび、彼らの姿を目にする。現在形であるからこそ、それが“圧倒的なフィクション”なのだと私たちは了解したうえで、舞台上へと視線をやるのだ。
これまでに高橋は、故・蜷川幸雄や、鴻上尚史、白井晃、倉持裕など、名だたる演出家のもとで舞台に立ち、シェイクスピアに井上ひさし作品と、さまざまなタイプの演劇に適応してみせてきた。作品や演出家ごとに、演じ方を変えることが求められてきた。セリフ量、声量、ストレートプレイにミュージカル、抽象的な舞台であるのか具象的な舞台であるのか、高橋が実現させてきたキャラクター・作品は多岐にわたる。このことから、彼が虚構でエンターテインメント作品を作り上げること、つまり、観客の目の前で高橋ではない“何者か”になり、物語世界の一員となることに対して、べつだん驚くことはない。それにNODA・MAPの作品といえば、物語が現在と過去(それも“古代”などの、うんと昔の)、あるいは神話の世界を往来し、観客のイマジネーションを刺激する言葉を誰もがまくし立て、俳優の身体は舞台上を跳ね回る。高橋のNODA・MAP初参加を待ちわびていた観客は筆者だけではないはずだ。
作・演出を務めている野田は高橋について、「彼は演じようとしない、私の真反対。台詞をしゃべっている声に嘘がない、私の真反対」と述べている(『フェイクスピア』公式パンフレットより)。先述しているように、野田の作品はひじょうにフィクショナルである。とくに、言葉の持つ意味以上に、その語感を愉しむことを重んじる“言葉遊び”も横溢する。野田は高橋を「嘘がない」と評し、自身を「(その)真反対」だとしている。これには野田の謙遜もあるだろう。しかし野田作品は、“嘘を嘘として舞台上に乗せること”に否定的でないのも事実だ。そのなかで、ときに真実が垣間見えることだってあるはず。しかし本作では、「嘘がない」ことが重要なのである。
ネタバレは避けるが、『フェイクスピア』のクライマックスには、野田が書いたものではない、現実に存在した“あるコトバの一群”が用意されている。それはこの演劇のために生まれたものではなく、実際に過去に誰かが口にした言葉だ。これを舞台上の高橋は口にする。かぎりなく「嘘がない」ものでなければならないものだ。このクライマックスに至る過程を演じる高橋はさすがの安定感がある。子役時代からキャリアを重ねてきた彼の、演技者としての格が感じられるというものだ。しかし、「安定感」と「説得力」は違う。安定した嘘で楽しませてくれることと、「嘘がない」のは完全に違う。
クライマックスでは舞台上で、“あるコトバの一群”が展開する。客席で息を殺し、手で口を押さえ、ただ見ていることしかできないでいたのは筆者だけではないようだった。ここで舞台上から放たれていた気迫は、“かつて生きていた”言葉の力の強さがあってこそのものかもしれない。セリフとしてこれを口にする者は、やはり嘘をなくさなければならないだろう。ときに鋭く、ときに震えながら発される高橋の「声」には、演技の枠を超えた“誠実さ”があった。これを野田は「嘘がない」と評したのではないだろうか。いま高橋一生ほど、嘘を誠に変え、フィクションに説得力を与え、私たちに提示してみせる優れた俳優はいないのではないかと思う。これがこの二作品に必要とされた理由だろう。
■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter
■公開情報
『るろうに剣心 最終章 The Beginning』
全国公開中
出演:佐藤健、有村架純、高橋一生、村上虹郎、安藤政信、北村一輝、江口洋介
原作:和月伸宏『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督・脚本:大友啓史
音楽:佐藤直紀
主題歌:ONE OK ROCK「Broken Heart of Gold」
制作プロダクション・配給:ワーナー・ブラザース映画
製作:映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」製作委員会
(c)和月伸宏/ 集英社 (c)2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」製作委員会
公式サイト:http://rurouni-kenshin.jp
公式Twitter:https://twitter.com/ruroken_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/ruroken_movie/
■舞台情報
NODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』
東京公演・東京芸術劇場プレイハウス
2021年5月24日(月)〜7月11日(日)
大阪公演・新歌舞伎座
2021年7月15日(木)〜7月25日(日)
作・演出:野田秀樹
出演:高橋一生 / 川平慈英 伊原剛志 前田敦子 村岡希美 / 白石加代子 野田秀樹 橋爪功
写真撮影:篠山紀信