フランシス・マクドーマンドはなぜ“特別”なのか 『ノマドランド』での新境地を読む
見る人によって感じ方が違うロールシャッハ演技
マクドーマンドの演技力は文句の付け所がありませんが、『ノマドランド』では新境地を開拓したのでは、と思っています。というのも、同氏は演技の中に希望と失望/不安という相反する感情を込め、見る人によって受け取り方を変えたからです。
マクドーマンドが演じた『ノマドランド』のファーンというキャラクターは、家と仕事を失った60過ぎの未亡人。ヴァンに必要最低限の家財道具を詰め込み、Amazonの季節労働やカブの収穫など、仕事を転々としながらノマド生活を余儀なくされています。
苦しいこともありますが、そのような生活を通して出会った人々から刺激を受け、ノマド生活の極意を学び、自然と触れる度に自分らしさとプライドを取り戻していきます。しかし、刻一刻と老いていく体と、金銭的にもノマドをし続けることが難しくなっていく現実が常に彼女に付き纏います。希望と不安が入り混じる、そんな人物です。
筆者はファーンの中の失望や不安にばかり目がいってしまい、『ノマドランド』は、家を失った「ハウスレス」の女性が、どうにか居場所を求めてもがくものの失望を繰り返し、最後は故郷をなくした「ホームレス」となって自分の殻に閉じ籠もっていく映画だと解釈しました。しかし、ファーンの吹っ切れたように晴れやかな表情と、彼女を何も縛り付けるものがないという事実に希望を見出す人はとても多く、公式のあらすじにも「希望」の文字が踊ります。
これは筆者が、過去15年近くに渡ってノマドのような生活をし、日々喜びと不安を感じていたからでしょう。そして、最終的に不安がまさり、安定を求めたからだと思います。当時、筆者は映画制作スタジオで働く夫とともにプロジェクトを追いかけながら国を跨いで引っ越しをする生活を送っていました。家財道具を極限までスリム化し、突如訪れる「2週間後に国外への引っ越し」という言葉に常に備えていました。
世界を見ることはできましたが、心の安住は得られず、常に何かに追いかけられるような不安感が付き纏う日々。長期雇用でないため、長期的なスパンで計画的にものを買うことすらできません。長期契約すれば安く手に入るものも、一括購入や短期契約しか選択肢がないため、常に損をしている気持ちにもなったものです。
このような疑似ノマドを経験した筆者は、マクドーマンドの「どうせなら今を楽しもう。でも、これから先どうしたら良いのだろう……。徐々に生活は困窮するのに、いつまで生きてしまうのだろう」という言葉にならない不安を敏感に感じ取り、ノマドの自由な生き方という面には目を配ることができずにいました。
しかし、筆者が希望を感じ取れなくても、マクドーマンドが演技の中に希望を込めていたのは紛れもない事実です。その希望は、ファーンが自然界に身を委ねる毎に大きくなり、ラストで力強くハンドルを握っていた頃には顕著となっていました。そのため、自由になりたい、家や家族というしがらみから逃れることを夢見る人たちには希望の映画と映ったのではないでしょうか。
見る人の経験や心理状態によって捉え方が変わる……、心理学で言うところの「ロールシャッハテスト」のような演技だと言えるかもしれません。
第93回アカデミー賞主演女優賞の本命はフランシス・マクドーマンド
昨今のアカデミー賞は世の中の流れを汲んだ作品が受賞する傾向にあります。その点でも、フランシス・マクドーマンドは最適なのではと考えています。
前述の『スリー・ビルボード』の受賞スピーチで、「inclusion rider」というキーワードを口にしています。これは、映画の出演契約に、最低でも50%の多様性キャストとクルーを求めることができるシステムのことだそう。当時、業界歴35年というマクドーマンドすら「この間知ったばかりの言葉」といったほど知名度も認知度もないシステムでした。しかし、この2017年のスピーチをきっかけに業界の力のある俳優らが「inclusion rider」を盛り込むように働きかけるようになりました。つまり、業界のあり方を変えたのです。
この功績が今回のアカデミー賞に関係するかはわかりません。しかし、ミスコンが人間性を評価するなら、アカデミー賞が映画界にインパクトを与えたか否かを評価に加味していてもおかしくはないのでは。
気になる結果は4月26日の授賞式でどうぞ。
■中川真知子
ライター。1981年生まれ。サンタモニカカレッジ映画学部卒業。好きなジャンルはホラー映画。尊敬する人はアーノルド・シュワルツェネッガー。GIZMODO JAPANで主に映画インタビューを担当。Twitter
■公開情報
『ノマドランド』
全国公開中
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイほか
原作:『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(ジェシカ・ブルーダー著/春秋社刊)
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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