『PUI PUI モルカー』は“約束された成功作”だった? 多くの人々を惹きつけた理由を考察
本作で注目すべきは、作り手の創造力と表現力が高いレベルにあるという点だ。モルカーたちは毎回、様々な冒険をくぐり抜け、アクションを演じるが、そこで見られるヴィジュアルや設定は、通常のストップモーション・アニメーション作品が通常求められる表現のラインを、いちいち大きく越えてくるのである。
例えば第1話では、モルカーが大量に登場し、渋滞問題を題材にしたドラマが展開する。スマホに夢中になっているドライバーが、信号を無視したまま停止していることで、狭い一方通行の道路では大渋滞が発生。最後尾にやってきた救急車のモルカーは、危篤状態にある人間を乗せたまま立ち往生を余儀なくされてしまう。このストーリー自体も、2分40秒の作品としては非常に詰め込まれた内容となっているが、モルカーが走るファンシーな街のディテールや、本物の人間の演じるキャラクターを登場させ、危篤状態の人物を一目で理解できる構図で表現するなど、視聴者を面白がらせるための発想と工夫が、きわめて無駄なく発揮されている。
世の中には様々なヒット作品があるが、それらが注目を集め愛された理由を極度に単純化して考えてみると、そこには何らかの“過剰さ”が存在するはずなのである。『PUI PUI モルカー』では、とにかく画面内に追いきれないほど情報がたくさん詰め込まれ、ストーリーの展開も、ヴィジュアルやアクションの派手さも、多くの視聴者が持っているる常識を外れたものが様々に表現されている。モルカーというキャラクターの面白さは、それだけで一種の過剰さを持っているが、同時に作品自体も、その奇想天外な思いつきを受け止めるだけの表現上の過剰さが用意されているのである。
エピソードが進むにつれ、作品の中の制約だと思われていたものが、どんどん無効化されていくのも興味深い。本作がスタートした当初は、モルカーと人間の表現に違いがあることや、エピソードのテーマから、物と人間、もしくは小動物と人間関係が次第に突き詰められ、道徳的な内容が描かれていくのだろうと、多くの視聴者が予想したはずだ。しかし話数が進むにつれ、ゾンビが登場したり、『インディ・ジョーンズ』シリーズや『ミッション:インポッシブル』シリーズ、『ワイルド・スピード』シリーズ、『AKIRA』の劇場アニメなどをパロディにした場面が見られるようになり、すでに道徳とも、人間と動物との関係を描くテーマとは何も関係のない、ひたすらナンセンスなエピソードが出現してきている。
この事態から理解できるのは、今後、当初のテーマに帰結するにしろ、全く関係ない方向に転がっていくにしろ、どういう道を選んだとしても、本作を面白く作れる力がクリエイターにあるということだ。極端なことを言えば、もはやモルカーが登場しないエピソードすら楽しい内容に作り得るだろう。
この作品の中心となっているクリエイターは、これまでストップモーション・アニメーションを含む短編アニメーションの多くの部分を個人で制作してきた作家、見里朝希である。彼は、武蔵野美術大学を卒業し、東京藝術大学の大学院でアニメーションを研究してきた。その成果として製作されたいくつかの作品は、個人のYouTubeチャンネルで鑑賞することができる。
どの作品も、キャラクターのかわいさや毒のある表現が混在する内容で、“『PUI PUI モルカー』の原型”と呼ぶには、もったいないほどの凄まじい完成度を誇っている。個人のアーティスティックなアニメーション作家としてで大きな成功を収めたクリエイターには、現在『びじゅチューン!』を制作している井上涼がいるが、井上もまた、『赤ずきんと健康』という凄まじいセンスと創造力が炸裂した短編作品を、金沢美術工芸大学の卒業制作として作り上げている。現在の活躍を見ても分かるように、ここに存在するのは、少なくともアニメーションの世界では、飛び抜けて才能のある人物が飛び抜けたものを作ることができるという、シンプルな事実である。つまり見里は、モルカーというアイデアがあろうとなかろうと、突出した作品を世に出していたはずなのだ。
見里の『恋はエレベーター』、『あたしだけをみて』、『Candy.Zip』などの作品では、圧倒的なイメージの連続に溢れ、短編にもかかわらず卓越した手腕によって、かなり深いドラマを描いてしまう。また、愚かな人間と、純粋な小動物や無生物との対比が描かれることで、世の中における人間中心主義への反発のようなテーマも見てとれる。
そして2018年に複数の賞を受賞したパペット・アニメーション『マイリトルゴート』は、グリム兄弟の童話『狼と七匹の子山羊』をベースに、おそろしくもかわいらしいダークファンタジーを作り上げている。一瞬、目を疑ってしまうのは、そこで子どもに対する凄惨な虐待が描かれているという点だ。日本のストップモーション・アニメーション界には、かわいらしい造形で残酷なシーンを見せるクリエイター“ていえぬ”がいるが、見里もまた、そのような“ちょっとやばい”感性を秘めているといえよう。このような短編作品を観ると、子ども向けとして送り出しているはずの『PUI PUI モルカー』の劇中で、犯罪や、死を連想させるようなエピソードがあるというのは、納得できるところだ。