心揺さぶる『すばらしき世界』 この純粋な男が生き抜ける優しい世界を願ってやまない

『すばらしき世界』に咽び泣く

 世界とは己ではなく、他者であることを実感させられる本作。三上も、三上のことを理解し、なんとか応援してあげたいという周りの人間との繋がりがあったからこそ美しいその生命力を発揮することができたのだと思います。ケースワーカーの人も、近所のスーパーの店長も、最初は彼を「元殺人犯のヤクザ」としか見ていませんが会話をしてその人となりに触れ、考えをかえていく。その優しさが、三上を極道の世界に戻らせまいとするわけです。

 そして社会・他者との繋がりを考えたうえで、最初で一番重要である繋がり、つまり母と子の関係性を、三上は物語の冒頭から欲しています。養護施設に預けられていた彼は、仲野太賀演じるディレクターの津乃田の力を借りて、施設に母の手がかりを探しにやってくる。彼はそこで、施設の子供たちとサッカーをして遊ぶんです。ひとしきり子供のようにはしゃいでいた三上が、突然泣き崩れる。ここで、子供たちが「どうした?」と思いつつ、誰も一切彼が泣いていることを囃し立てないし、笑って馬鹿にしない。みんなジッと、泣いている彼を見守るんです。それは恐らく彼の涙のわけを知っているからで、その優しさにまた私も泣いてしまう。本作で一番心に残ったシーンです。

 そんなピュアな三上が、なぜ人を殺してしまったのか。それは彼なりの正義感によるもので、瞬間湯沸かし器のような人だから間違ったものを見てしまうと暴力で解決してしまおうとするのです。しかし、そんなことをしていたら社会の適応できないと、三上は劇中何度か「勇気ある撤退」について説かれます。そして、自らとある出来事をきっかけに初めて「撤退」という選択肢を選ぶことができるようになって、我々は心底「良かった」と思うんですね。以降、彼はこれを肝に銘じて自分の思う“すばらしき世界”に溶け込もうとする。しかし、三上がそこまでして生きようとした世界は、果たして本当に“すばらしい”のか。私たちの日常は、他人への憎悪と卑下で満ちている。三上のような人が、傷ついてほしくないのに、そんな世界である。そのギャップに気づき始めて、再び観客である私たちの胸が苦しくなっていくのです。しかし、それでもラストはやはり、彼にとっての“すばらしき世界”が映し出されていて、圧巻でした。

 誰かを独りにさせてはいけない。隣人とのコミュニケーションが一層減った現代だからこそ、他者への思いやりと優しさを忘れない心持ちの人が多く増えれば、そこは“すばらしき世界”である。美しい空をしばらく見上げていた時の三上の顔が、忘れられません。

■公開情報
『すばらしき世界』
全国公開中
出演:役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、長澤まさみ、安田成美
脚本・監督:西川美和
原案:佐木隆三著『身分帳』(講談社文庫刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
公式サイト:subarashikisekai-movie.jp

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