『チェリまほ』は“一歩踏み出す勇気”を教えてくれた 安達と黒沢の幸せな最終回を願って
毎年、この時期に放送される恋愛ドラマはいつもより特別な気がする。多くの作品がクリスマス前後に最終回を迎えるからだ。様々な困難を乗り越え、結ばれた主人公とその恋の相手が幸せなクリスマスを過ごす姿は寒い夜を少しだけ温めてくれる。
今期の恋愛ドラマは『この恋あたためますか』(TBS系)の樹木(森七菜)と浅羽(中村倫也)、『#リモラブ 〜普通の恋は邪道〜』(日本テレビ系)の美々(波瑠)と青林(松下洸平)、『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)の桃子(有村架純)と真人(林遣都)など、応援したくなる2人がたくさん登場した。その中でも、最も視聴者が「幸せになってほしい」と願うのは『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系/通称:チェリまほ)の安達(赤楚衛二)と黒沢(町田啓太)ではないだろうか。
『チェリまほ』は豊田悠による同名コミックを原作としたラブコメディで、物語は赤楚演じる冴えないサラリーマンの安達が童貞のまま30才を迎えたことで、“触れた人の心を読める魔法”を手にするところから始まる。
触れただけで相手の本音が分かる……なんて本来ならとても有利な力のように思える。例えば意中の人にどう思われているかをコッソリ探ったり、友人やはたまた取引相手の要望を引き出したり、いくらでも自分が得をするために悪用できそうだ。でも安達は気弱な性格ゆえに、その力を使いこなすことができない。むしろ街ゆく人の悪意に傷つき、イケメンの同僚・黒沢が自分に恋をしていることが分かっても、その想いに振り回されてしまう。では、安達が神様から与えられた本当の“ギフト”とは何だったのだろうか。
それは「一歩踏み出す勇気」だったように思う。
日常で聞こえてくる人の本音は、悪意だけではなく、心の葛藤や誰かを想う気持ちだった。例えば後輩の六角(草川拓弥)はお調子者に見えて、誰よりも周りに気を遣っていたり、憧れの同僚・藤崎(佐藤玲)はいつも笑顔だけど、恋愛に興味がないのに親から結婚を急かされて悩んでいたり。スマートで女性からモテモテの黒沢だって実は妄想癖があり、安達に触れたいと願いながらもその想いと常に葛藤していることを知った。
ありのままの自分に自信が持てないのはみな同じ。それでも人は笑顔の裏に不安を隠し、何でもないような顔をして生きている。その事実が人と人との壁を取っ払い、安達はようやく自分の思いを他者へ伝えられるようになった。魔法が彼を変えたのではなく、魔法に背中を押された彼の勇気が自分自身を変えたのだ。
そしてもう一つ、安達は大切な“ギフト”を受け取った。それは黒沢からのあたたかい愛情だ。それが安達を「どうせ俺なんて」というループから救い出した。目立った活躍はなくとも、縁の下の力持ちとして会社を支えている安達。上司から押し付けられた仕事を断れない気弱で優しい性格、何より一人の時に見せる笑顔が可愛い。周りの人はそんな彼の魅力に気づかない、だけど黒沢だけが苦しいほどに知っていた。
そうやって誰かが自分を見てくれている、好きでいてくれるという安心感は人に自信を与える。実際に安達は黒沢と付き合ってから、笑顔でいる時間が増え、たくましくなっていった。このドラマを観ている視聴者もきっと、色んな思いを抱えながら日々の活動を送っているはず。毎週木曜日に疲れ果てて家に帰ると、安達がいつも少しずつ成長していく姿を見せてくれる。それは多くの人にとって、休日までのあと1日を乗り越える活力になっていただろう。
また一方で、そんな安達と出会って黒沢も変わっていく。安達が渾身の勇気を振り絞って告白する第7話では、黒沢の過去も明らかに。「顔だけが取り柄」そう言われないように必死で完璧な自分を演出していた黒沢はある日、取引先との飲み会の場で失敗してしまう。そんな彼を介抱した安達は、完璧じゃない黒沢を見て「なんかいいな」と言った。いつもは人前で弱さを見せない黒沢の心がその言葉で解れ、一瞬だけ涙を見せる場面が忘れられない。
安達と黒沢は性格こそ違うものの、どちらも「どうせ俺なんて」「完璧じゃなければ」という呪いを自分に課していた。けれど、ありのままの自分を愛してくれる相手に出会い、呪いから解放される。そんな2人は一緒にいると本当に心から幸せそうな顔をするから、応援せざるを得ないのだ。何より誰かを好きになり、迷い苦しみ、恋が成就するまでの心の機微を安達役の赤楚、黒沢役の町田は細やかな動きと表情で丁寧に表現していた。