大ヒットは“妹の力”が支えている? 『鬼滅の刃』禰豆子から考える歴代興行収入ランキングの傾向

鬼としての妹

 あるいは、書名通り、「鬼」をめぐる基本文献のひとつといってよいだろう歌人の馬場あき子による古典的名著『鬼の研究』(1971年)の冒頭でも、「鬼と女とは人に見えぬぞよき」という『堤中納言物語』の一節が引かれ、古来からの「般若」を含めた鬼と女性との親近性が強調される(蛇足ながら、この一節が登場する「虫めづる姫君」は、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』<1984年>のモティーフのひとつとしても有名だ)。そして、この場合の女というのも、続けて馬場が『大和物語』のなかの平兼盛の歌「みちのくの安達が原の黒塚に鬼こもれりと聞くはまことか」に触れ、兼盛が鬼と喩えた源重之の妹たちに言及するように、やはり妹という存在なのだ。

 ともあれ以上のように、大正時代を舞台にして、鬼という超常的な存在(ノンヒューマン)と化した「妹の力」を物語の軸のひとつに立てた伝奇ロマンである『鬼滅の刃』は、まさにその大正時代の一角で古代信仰とも結びつけられながら注目されていた「妹の力」の議論と100年の隔たりを超えて図らずも共鳴していたということができる。

 しかも、このエッセイで柳田自身が示唆するように、彼の「妹の力」論が当時の婦人解放思想の台頭とも連動していたとするなら、これもまた、『鬼滅』ブームと同時期に一連の「#MeToo」ムーブメントが起こってきた昨今の風景とも重ね合わせられるだろう。もちろん、評論家の大塚英志が「妹の力」も参照しながら鋭く注意を促すように、当時の「妹」をめぐる言説が、「『妹』と人間のプリミティブなあり方を結びつける思考が、一見、言文一致体と言う『私』語りの言説を啓蒙される『妹』たちへの視線に一方的に含まれて」おり、「そのような思想の背景には『文明』『西欧』『近代』としての『男』との対比として『妹』が設定されていることを忘れてはならない。[…]これに習えば『兄』たちを支配する巫女としてのプリミティブな力を持つ『野蛮人』の女を『文明』『近代』の側にいる『兄』たちが『言文一致』体によって教化したのが『妹』だ、といえる」(『「妹」の運命――萌える近代文学者たち』思潮社、50頁)ことも、また確かではあるだろう。

歴代の大ヒット映画に宿る「妹の力」?

 何にせよ、『鬼滅の刃』には、民俗学的/シャーマニスティックな「妹の力」が思いの外深く関わっている。

 では、ここでひるがえってその劇場アニメ版がまさに歴代1位を獲得しようとしているこの国の映画興行収入ランキングを一瞥してみよう。――すると、不意に気づくのが、その少なからぬ数の上位作品が、まさにこの「妹の力」を重要な要素としていることなのだ。

 まず、もっともわかりやすい例は、なんといっても歴代5位・邦画3位の『君の名は。』だろう。本作でもまた、柳田が注目した「巫女」がヒロイン・宮水三葉の家に代々伝わる仕事として描かれている(しかも、三葉の実際の妹・四葉も巫女として登場する!)。そして、シャーマニズムにも通じるアニミズム信仰という要素は、ほかならぬ宮崎の『千と千尋』でも「八百万の神々」として描かれていた。「家々の祖先の霊、または住地と縁故の深い天然の諸精霊」と交流し、「いわんや人と彼らとの間に立って、斡旋し通訳するの任務」を負う点において、千=千尋もまた一種のシャーマン的な存在だといってよい。

 さらにいえば、宮崎の場合、国内興収歴代8位(約193億円)の『もののけ姫』(1997年)もこの図式にわりときれいに当てはまるだろう。そもそも本作の主人公であり、タタリ神の死の呪いを腕に刻まれたことで人間でありながら超常的な力を操ることができるようになるアシタカは、禰豆子を思わせる部分がある。そして、このアシタカには彼の暮らすエミシの村にいるカヤという娘が許嫁としているが、彼女はしきたりからアシタカのことを「兄様」と呼ぶ。また、この村にはヒイ様という老婆の巫女がおり、アシタカはこのヒイ様の命(占い)で西へと旅立つのだ。その意味で、じつは『もののけ姫』の物語のそこここにも『鬼滅』的な「妹=巫女の力」が充満しているといえる。

 これに加えて、こうした巫女的な超常能力を操る女性ヒロインと「妹の力」という要素で見ると、ハリウッド映画という点で厳密には文脈は違えど、まさにそれは『アナと雪の女王』のエルサとアナの姉妹にも共通しているのだ!

 『千と千尋』、『アナ雪』、『君の名は。』、『もののけ姫』……日本映画史に燦然と輝く大ヒット映画の数々には、じつは柳田が注目したシャーマン的な「妹の力」が密かに宿っているのではないか。これはいささか突飛な仮説ではあるが、しかしそれは確かにいかにも「日本的」な感性ではあると思う。『鬼滅』の禰豆子の存在は、そのことを浮かび上がらせているようにも思える。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部専任講師。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com

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