木村佳乃らの名演が光る回に 『恋する母たち』2020年の舞台が示す、心の距離と物理的な距離

『恋する母たち』木村佳乃らの名演が光る

 夫婦で犬の散歩をするのが「幸せの象徴」だと、杏(木村佳乃)は言った。私たちは、それぞれに幸せの象徴を持っている。結婚すること、子どもが生まれること、家族でおせちを囲むこと……場合によっては、離婚届がその象徴になることもあるだろう。

 『恋する母たち』(TBS系)8話は、恋する母たちが手にしていた、あるいは掴みかけた幸せの象徴が、ハラハラと手のひらからこぼれ落ちていくさまが描かれた。崩れそうになりながらも、しっとりと意志を強く持つ女優たちの名演が光る回でもあった。

 杏と斉木(小泉孝太郎)が挙げた小さな結婚式。参列した優子(吉田羊)とまり(仲里依紗)は、その場を盛り上げようとするものの、斉木の顔は相変わらず険しい。その表情に、斉木は女子ノリを嫌う気難しいタイプなのだと思われた。だが、実は斉木の背景が家族の温かさとは無縁な状況だったのだと明かされる。

 「犬を飼いたい」という杏に、保健所収容犬の里親になろうと発案したのも、彼自身の過去と重ねあわせたのかもしれない。杏が思い描く幸せの象徴を実現するのと同時に、孤独が染み付いた自分の人生を生き直すチャンスと思ったのではないだろうか。そんなとき杏の妊娠が発覚。まるで犬のように走って駆け寄り、杏に抱きつく斉木。その喜びようを見ていると、どんなに彼が愛情に溢れた家族を欲していたかが伝わってくる。

 犬のゲージを用意したように、早速ベビーベッドを買い揃える斉木。だが、残念ながら杏と斉木の子は空に帰ってしまう。愛する人があんなにも求めていたものを抱かせてあげることができなかった。そのショックに杏は真っ青な顔色を浮かべ、呆然とした表情で力なくソファに腰掛ける。なんと声をかけていいかわからない斉木は、杏が控えていたであろうお酒を「飲むか」と振り絞るように誘い、その気遣いに杏は声を上げて涙を流すのだった。

 物語は2020年に突入すると、コロナ禍により杏の「幸せの象徴」である夫婦で犬の散歩も叶わなくなる。なぜこんなことになっているのだろうか。ただただ、ささやかな幸せを願って生きてきただけなのに。元夫の慎吾(渋川清彦)との結婚、息子・研(藤原大祐)の誕生、紆余曲折を経て斉木と再婚、犬の里親に……幸せを掴んだと思ったら、いつのまにかするりと指の間をすり抜けていく。それでも新しい幸せに手を伸ばしながら、必死に生きていくのが人生なのだと母たちは気づいている。

 知っていても傷つきはする。だが、今どんなに胸が痛んだとしても、すべていつかは終わるものだ。そう心をしずめるのは優子だ。波が来ては引いていく千葉の海を眺めながら、赤坂(磯村勇斗)のことを考える。シゲオ(矢作兼)との穏やかな離婚が成立した。ふとあふれる涙。結婚に特別な思いがあったわけではない。子育てにも向いていなかった。でも、自分を必要としてくれる人がそばにいる日々は、確かに優子にとって幸せなものだったのだ。

 しかし独身になったことを赤坂には言わないと決めていた。それは赤坂のそして自分自身の心を惑わすだけだとわかっていたから。このまま静かに、この恋心も、寂しさも、やがて海に流れていくように過ぎ去っていくものだと言い聞かせながら。

 一方、シゲオが息子・大介(奥平大兼)をモデルにした小説が完成すると、書店で赤坂の目にも留まる。シゲオが書いた小説のヒット、それは赤坂の目には林家がうまくいっている象徴に思えたのだろう。今の優子の気持ちが知りたくなった赤坂。声だけではなく、表情の変化まで見逃すまいと思ってのことだろう。

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