『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で描かれる家族の肖像を読む 竈門炭治郎の精神的な成長

劇場版『鬼滅の刃』が描く家族の肖像

 このことを思い起こしたときに、炭治郎にかけられた血鬼術がいかに残酷なものであるかということに思い当たる。夢の中は家族が笑顔でいる世界だが、現実は家族が死に、禰豆子が正常ではなくなってしまった世界だ。もちろん、魘夢を倒すためにはこの夢から覚めなければならないわけだが、彼の「ずっとここにいたいなあ……」という言葉には胸が張り裂けそうになる。母親の「炭治郎」という優しい呼びかけ、弟や妹の「兄ちゃん」「お兄ちゃん」という無邪気な声、そして正常な禰豆子の存在ーー身を切るような思いである。

 竈門家の微笑ましい描写があることで、どれほど炭治郎が心優しい少年で、満たされた環境で育っていたのかが強調されることになる。これによって私たち観客の鬼舞辻無惨(=鬼たちの祖)への怒りは彼と同化することだろう。そして、炭治郎はのび太とは違う。自分のいる世界が夢の中だと気がついたとき、現実を直視するべく覚醒しようとする。その覚醒の仕方については触れずにおくが、文字通りに“身を切る”ようなものであることは想像がつくはずだ。幸福感を捨て去るのには、やはり強烈な痛みをともなう。ここに、肉体的なものだけではない、炭治郎の精神的な大きな成長が見られるのである。

 目の前の「現実」と、目を閉じたときにある「夢」。目を閉じていたい、目を背けたい現実ばかりの中、果たしてどちらがいいものか? 炭治郎のように、現実を直視する胆力を身につけたいものである。

■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

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