松井玲奈、『エール』吟役に滲む強さと切なさ 戦争の暗い影の体現者に

松井玲奈、吟役に滲む強さと切なさ

「こんな時まで大好きな歌ができるって幸せなことじゃん」

 梅(森七菜)のその一言に感化された音(二階堂ふみ)は柄にもない、不向きだと決めつけていた音楽挺身隊への参加を決心する。

 『エール』(NHK総合)第79話では、自身が率いる音楽挺身隊の名簿に「古山音」の名前を見つける小山田(志村けん)の姿があった。なお、これが小山田が登場する最後のシーンとのこと。バラエティ番組で見せる志村さんの穏やかな笑顔とは対象的な、厳格で魂のこもった演技が印象的であった。裕一(窪田正孝)とのこれからの師弟関係を深く描くことができないのは残念でならないが、今後はナレーションベースで語られていくことになるだろう。

 さて、第79話で軸となるのは、音が吟(松井玲奈)に言い放つ「好きなことをして何がいかんの?」というセリフ。音は挺身隊のまるで軍隊のような凄みのある雰囲気に戸惑いながらも、音楽学校時代の友人・潔子(清水葉月)とも再会し、慰問先で働く軍人からの感謝の言葉に歌えることへの喜びを見出していた。

 一方で、梅は信頼していたはずの編集者から寄稿していた原稿を返されてしまっていた。それは関内家がキリスト教の中でも特異な宗派を信仰しており、特別高等警察から監視の対象になっていたからだ。言論統制が厳しくなっていたことも拍車をかけているのだろう。「文学も芸術も死ぬことになる。表現の自由は侵されていいものじゃない」そう話していた梅の言葉が思い出される。彼女の作品を誰よりも応援している五郎(岡部大)も「間違ってますよ……こんな世の中」と憤りを隠しきれない。

 そんな中、吟が婦人会への参加を音に強く推し進めてくる。挺身隊としての慰問の予定、歌の練習を理由にする音は「好きなことで誰かの助けになるなら別にそれでもいいでしょう? 向いとらんことを無理してやるよりいいと思う」と続ける。この何気ない一言が吟にとっては残酷な言葉だった。

 三姉妹の中で、音は音楽、梅は文学に才能を見つける中、一人結婚する運命の相手を探し続けていた吟。

「自分には音楽があるけど、私には何もないって、そう言いたいわけ?」

 悔しさと怒り、劣等感、これまでに隠し溜め込んでいた吟の鬱憤が音も知らない顔として滲み出る。

 夫・智彦(奥野瑛太)の出征の日。「どうぞご無事で」と愛する夫を見送る吟。軍人の妻として、気丈に振る舞う吟には、強さと切なさが同居していた。初登場時の女学生のようなキラキラした表情で笑っていた吟とは、まるで別人のように見えた。年齢の変化を、そして戦争の暗い影を、吟を演じる松井玲奈が見事に体現していた。

■渡辺彰浩
1988年生まれ。ライター/編集。2017年1月より、リアルサウンド編集部を経て独立。パンが好き。Twitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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