『MIU404』は“0地点”にいる私たちの物語だった “世界のズレ”が大きくなる前に立ち止まる意義
『MIU404』(TBS系)がついに最終回を迎えた。「密」も「ディスタンス」もない2019年10月時点では中止になるなんて思いもしなかった東京オリンピックは現在開催されず、2020年夏、我々はコロナ禍にいる。緊急事態宣言で撮影もできなくなり、テレビドラマ界自体が未曽有の事態に晒され、野木亜紀子はじめ『アンナチュラル』(TBS系)スタッフによる、綾野剛・星野源のW主演ドラマというだけで期待の呼び声高かった『MIU404』も例外ではなかった。長い放送休止期間を経て、ようやく始まったドラマが辿りついたその先には、紛れもなく副題同様「0地点」にいる我々の今があった。
「もしもあの時に戻れるなら」(第2話)、「できることなら罪を犯す前に戻りたい」(第2話)、「あれから何度も頭の中で繰り返す。あの時声かけていたら」(第6話)、「俺はどこで止められた? どうすればよかった?」(第8話)。
時間の不可逆性を前に、成すすべもない人々の姿を描いてきたドラマは最後に、物語の中の時間を巻き戻し、再構築した。志摩(星野源)が死に、伊吹(綾野剛)が志摩の静止を聞かず久住(菅田将暉)を殺すという「最悪の事態」を「どうにかして止め」ようとするかのように、幻の「東京オリンピックが開催された2020年夏」まで一度急速に進んだ物語は「悪い夢」という形で一旦巻き戻り、また再生され、志摩も伊吹も陣馬(橋本じゅん)も死なず、桔梗(麻生久美子)の指揮のもと、九重(岡田健史)と共に志摩と伊吹の2人が全力で久住を追い詰める、刑事ドラマらしい華々しい終盤を迎えたのである。そしてその先は、オリンピックが開催されなかったこちら側の世界における2020年夏、コロナ禍の現在においても刑事を続けている志摩と伊吹の「その後」の世界に続いているのであった。
一昨日の朝、戦後最大級と言われていた台風10号が幸いにも勢力を弱め、過ぎ去った。窓を開けると、ベランダに蓄積した汚れが一掃され、地面の白さが眩しかった。『MIU404』における、「洗浄」という言葉が頭に浮かんだ。
第4話における青池透子(美村里江)が勤務先で仕方なく行っていた「マネーロンダリング(資金洗浄)」と、その汚いお金を異国の少女を救うための宝石に変えた、命がけの「マネーロンダリング」。最終回におけるSNSの「自浄作用」と、伊吹のオリンピックを前に「最近さ、町がどんどんきれいになってんな」という言葉。そして、久住の「汚いもんみんようにして、自分だけはきれいやと思っている正しい人ら、みんな泥水に流されて全部なくしてしまえばええねん」という言葉。
久住の策略によってSNSで拡散された、「メロンパン号」真犯人説は、自浄された。「メロンパン号」の潔白を主張する人々のうち、1人目は第2話の犯人・加々見(松下洸平)をかばった田辺夫婦(鶴見辰吾、池津祥子)、アイコン名は「また会おう@shinnzirukimochi(信じる気持ち)」。2人目は第3話のイタズラ通報の学生のうちの1人なのだろう、アイコン名は「人生やり直し中」。志摩と伊吹に会った後の彼らの人生が、アイコン名から垣間見える。
一方で、本名を言わない、トランクルームに集った人々を描いた異色回・第7話における登場人物「スゥ」(原菜乃華)と「モアメタル」(長見玲亜)、「ジュリ」(りょう)は当然アイコン名も変わらず、彼ららしい言葉をそれぞれに呟いている。
嘘が拡散され、「正義の味方」だったはずの伊吹と志摩が一瞬にして悪者にされた第10話ラストの最悪の事態は、「小さな正義を一つ一つ拾う」ことを積み重ねてきた彼らを見ていた人々によって、きちんと自浄された。善意の体で悪意が拡散されるSNSの世界において、本当の善意が、悪意を洗い流すこともあるのだ。