歴史の醜い真実を描くサスペンス 『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』に詰まった“信念”を読み解く

『赤い闇』に詰まった“信念”を読み解く

 政府に近づき過ぎることで、記者としての本分を忘れ、政権の意向に従ってしまうという構図は、現在でもあらゆる場所で度々指摘されている問題である。しかし不都合な事実は、いつかは白日のもとにさらされるものだ。デュランティ記者の反論や、彼が飢餓を知り得る立場にあったにもかかわらず黙認したことは、のちの時代、彼のピューリッツァー賞剥奪を求める運動へと繋がっていく。現在までにその目的は達成されていないが、ホロドモールに間接的に協力したという評価は、彼の名誉を失墜させるのに十分なものであるだろう。

 本作の脚本と製作を担当したアンドレア・チャルーパは、自らの祖父が、ホロドモールを生き残った生存者だったのだという。彼は亡くなる前に、自分が体験した事実を書き残していた。チャルーパが本作を手掛けたのは、この紛れもない歴史的事実を、できるだけ多くの人々に知ってもらいたいという想いからだろう。

 そして、ナチスドイツの支配への蜂起や、ポーランドの政治問題を描いてきたアンジェイ・ワイダ監督の弟子であり、自らもホロコーストを題材にした『ソハの地下水道』(2011年)などの映画を撮ってきたアグニェシュカ・ホランド監督が、その意志を受け、かたちにしているのだ。だからこそ本作からは、この悲劇を表現しなければならない、伝えなければならないという切迫した気持ちが強く感じられる。

 それは正義感というよりも、やむにやまれない義務感や重圧といった方が、より正しいのかもしれない。自分が無念を伝えなければ、死んだ人々の苦しみを誰が代弁するのか。その気持ちが、ウクライナの子どもたちの歌の幻聴に、帰国してからも苦しめられる劇中のジョーンズの姿として表現されている。

 現在も様々な社会問題が横たわる社会のなかで、われわれはどう生きるべきなのか。本作に登場した3人の記者の姿は、それを考えるための目印となるかもしれない。そして何を選び取るにせよ、目の前で起こっている事実について、われわれは目や耳を塞がず、自覚的でなければならないのではないだろうか。本作は、そのことをうったえかける映画でもあるように思える。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』
8月14日(金)新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開
監督:アグニェシュカ・ホランド
脚本:アンドレア・チャルーパ
出演:ジェームズ・ノートン、ヴァネッサ・カービー、ピーター・サースガード
配給:ハピネット
配給協力:ギグリーボックス
(c)FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB - JONES BOY FILM - KRAKOW FESTIVAL OFFICE - STUDIO PRODUKCYJNE ORKA - KINO SWIAT - SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE

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