窪田正孝が体現する、“屈折した”朝ドラ主人公 『エール』が突きつける理想と現実のギャップ
その一方で、裕一に屈折した感情を抱き、批判する弟・浩二(佐久本宝)の言い分もまた真理である。こういった主人公を批判し、行く手を阻む立場にある人物が、一面的に言えば正しいという多面性も興味深い。例えば茂兵衛(風間杜夫)は、三郎・裕一に随分敵視されているが、実に家族思い、妻思いの人物である。逆に幼少期の裕一にとっての「大好きな」優しい存在である祖父母が、実際は茂兵衛以上に冷たく厳しい人物であった。
裕一は祖母と伯父の目論見を知り憤り、その怒りを、実家に帰って縋る母(菊池桃子)と弟を振りきり、音(二階堂ふみ)の元に走ることによって表現する。この「怒り」の動線が妙にずれていることに奇妙な違和があった。もちろん、本家と実家両方に啖呵を切るよりも、実家のみの騒動を描くことでより簡潔に「家を捨て音と夢を選んだ」ことを示したとも言えるが、この「怒り」の動線のズレは、第39話でも再び起こるのである。
第39話における裕一の久志(山崎育三郎)に対して吐いた弱音「もう無理」という言葉に重ねるように、次のショットにおいて団長(三浦貴大)を前にした音が「無理じゃない」と答える。団長に対して音が、「あなた自身の言葉で裕一さんの心を動かして」と頼むことで、団長の思いが裕一の心を動かし、ギリギリで「紺碧の空」が完成することになる。
第40話の「頑張ることは繋がる」という団長の言葉は、そんな怒りのやり場も、エールのやり場も、相手を思うあまり、気が弱いあまり、さらには正攻法では相手の心を動かせないために、少しずれてしまう彼らの、不器用さ含めて、“エール”というものの面白さを伝えているのである。
新型コロナウイルスの感染拡大防止で収録を見合わせているため、6月27日の放送をもって一時休止することが決まっている。異例尽くしとなってしまった朝ドラではあるが、第9週は、ついに鉄男(中村蒼)、久志、裕一の「福島三羽ガラス」の集結とのこと。ますます面白くなっていくだろう、モデルとなった作曲家・古関裕而作曲の素晴らしい楽曲の数々に乗せて、ポップで明るく見えて、案外泥臭く、屈折した人間模様を、まだまだ楽しみたい。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)予定
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/