『イエスタデイをうたって』のアニメならではの手法 “停滞”と“色彩の否定”について考える

否定される色彩

 この作品の目立った特徴の1つに、“黒”の多用がある。カラスのカンスケ。ハルの服装。黒電話。作中何度か挿入されるカンスケの登場シーンでは、画面を斜めに横切る黒い羽が印象的だ。

 無彩色である黒は,いわば色の否定である。黒を中心とした低彩度の配色によって、先述した心の停滞感が情景に反映されるような色彩設計になっている。とりわけ、「scene 01」の明け方のシーン、「scene 02」の夜のシーン、「scene 03」の雨のシーンでは、画面全体の彩度がぐっと落とされており、この物語のメランコリックな気分をうまく伝えている。

 “否定される色彩”をテーマに据えた作品としては、篠原俊哉監督の『色づく世界の明日から』(2018年秋)などが思い出される。幼い頃に色を認識できなくなった月白瞳美は、心の起伏を失った自閉的な心象世界に住んでいるが、ある日、祖母の魔法によって過去の世界に送り込まれ、そこで知り合った仲間たちとの心の触れ合いを通して「色づく世界」を取り戻していく、という話だ。 

 『色づく世界の明日から』ほど明示的でないが、『イエスタデイをうたって』においても、“色彩の否定”というモチーフが物語の中に織り込まれている。品子とハルにまつわる2つのシーンが印象的だ。

 「scene 02」は、見事に咲き誇った満開の桜をバックに髪を切る品子のシーンから始まる。その後、卒業式の別離の桜、夜の幻想的な桜と、“桜”の持つ一般的なコノテーションがビジュアル的に示された後、公園で品子がリクオに「桜ってあんまり好きじゃないんだけど、綺麗だよね」とポツリと洩らすシーンに至る。彼女にとって、桜は想い人である湧の死を思い出させる憂鬱な花だ。たとえどれだけ華やかに咲いていても、“受け入れられない死”という暗いコノテーションを纏ってしまうのである。

 「scene 03」では、リクオと映画に行く約束をしたハルが、それまでの寒色中心の出で立ちから打って変わり、白いワンピースに桃色のカーディガンという華やかな装いで登場する。しかしリクオは盛大に寝坊してしまい、約束の場に現れない。その後、暗い雨の降りしきる中、リクオはハルに品子の部屋にいたことを告げ、ハルは深く傷つけられる。花のように明るく咲いたハルの心は、リクオの失態によってあっさりと否定されてしまう。

 桜とカーディガンの華やかな色彩と、その否定。心の陽と陰。喜びと痛み。それはまさしく、人を好きになることの両義性に他ならない。「scene 03」でハルが唐突に投げかける「リクオ、愛とはなんぞや」という問いへの答えの1つは、ここにあるのかもしれない。

声のカルテット

 この低彩度の水彩画のような風景に、声優陣の独創的な演技が加わることで、作品はさらに深みを増している。リクオ役の小林親弘は、『ゴールデンカムイ』(2018年-)の杉元佐一や『BEASTARS』(2019年秋)のレゴシなどで知られるが、強さ・猛々しさの中に弱さ・繊細さを滲ませるアンビヴァレントな彼の演技は、『イエスタデイをうたって』のトーンにこれ以上ないほどマッチしたキャスティングだ。

 ハル役の宮本侑芽は、『SSSS.GRIDMAN』(2018年秋)の宝多六花役などが印象的だ。アニメ的記号としての“女の子”ではなく、宮本の内面と身体性がそのまま表出するようなその演技は、小林の声との絶妙なハーモニーによって作品の主旋律を奏でる。生真面目な演技の中に蠱惑的な響きを含ませる花澤香菜は、リクオと浪を翻弄する品子にまさに適役だ。浪役の花江夏樹は、品子へのナイーヴで一途な想いを、柔らかくも芯のある声で好演している。この小林、宮本、花澤、花江のカルテットが、風や雨や車などの細密な環境音や、時折奏でられるアコースティックなBGMと相まって、作品の心象風景に深みを与えているのである。

 『イエスタデイをうたって』のような作品は、実写向きだと思われるのが一般的かもしれない。しかし各シーン・各カットを仔細に観てみると、アニメ独自の表現の魅力がはっきりと見て取れる。上で述べた以外にも、背景美術や目と手の芝居など、語るべき要素は無数にある。次回「scene 06」で本作も折り返し地点に差し掛かるが、本記事の読者諸氏には、今後一つひとつのカットに注目し、その妙味を味わってもらいたい。

※森ノ目品子の「しな」は木へんに品が正式表記。

■原嶋修司
アニメを愛し、アニメについて語ることを愛するアニメブロガー。予備校講師。作品評や関連書籍のレビューを中心とするブログ『アニ録ブログ』を運営。Twitter: @alter_Ego_3_02

■放送情報
『イエスタデイをうたって』
テレビ朝日「NUMAnimation」にて、毎週土曜深夜1:30~放送
声の出演:小林親弘、宮本侑芽、花澤香菜、花江夏樹、鈴木達央、 坂本真綾、寺島拓篤、洲崎綾、名塚佳織、堀江瞬、小野友樹、喜多村英梨、前川涼子ほか
原作:冬目景(集英社 ヤングジャンプ コミックス GJ刊)
監督・シリーズ構成・脚本:藤原佳幸
副監督: 伊藤良太
脚本:田中仁
キャラクターデザイン・総作画監督:谷口淳一郎
総作画監督:吉川真帆
音響監督:土屋雅紀
音響効果:白石唯果
美術監督:宇佐美哲也
色彩設計:石黒けい
撮影監督:桒野貴文
編集:平木大輔
背景:スタジオイースター
音響制作:デルファイサウンド
アニメーション制作:動画工房
制作:DMM.futureworks
(c)冬目景/集英社・イエスタデイをうたって製作委員会
公式サイト: https://singyesterday.com/
公式Twitter: https://twitter.com/anime_yesterday

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