想田和弘監督作『精神0』、〔仮設の映画館〕にて公開へ 「『映画の経済』の非常事態を乗り切る」

『精神0』〔仮設の映画館〕にて公開へ

 想田和弘監督作『精神0』が、劇場公開と並行して〔仮設の映画館〕にて、5月2日よりデジタル配信されることが決定した。

 本作は、想田監督が“観察映画“の第2弾として2008年に発表した『精神』の主人公、山本昌知医師に再びカメラを向けたドキュメンタリー。長年にわたって精神医療に携わってきた山本医師が引退を決意し、その後の人生を踏み出そうとする姿を、“観察映画“の独自のルールに則って記録する。

 新型コロナウィルスの影響によって、相次ぐ新作映画の公開延期、劇場休館が余儀なくされている。そんな状況を打破するべく、配給会社・東風と想田監督が試みたのが、〔仮設の映画館〕。『精神0』の公開予定日であった5月2日より、Web上に上映予定だった劇場が並ぶ。公開終了後などに行われる一般的な配信とは異なり、観客は観に行きたい映画館を選択、その劇場に料金も分配される仕組みとなる。

 配給会社・東風は、「いま脅威にさらされているのは、観客、劇場、配給、製作者によってまわっている『映画の経済』です。(中略)この認識と方法とを全国の劇場、配給会社、製作者、そして映画ファンのみなさんと広く共有することによってはじめて『仮設の映画館』は、持続可能な施策となり、ともにこの非常事態を乗り切ることができる。そのように考えています」とコメントを寄せている。

 想田監督は、「これは劇場、配給、製作、そして観客という『映画のエコシステム』を守るための苦肉の策です。(中略)『仮設の映画館』でご覧いただいた皆さんも、お近くの劇場に足をお運びいただきたい。そしてオンラインで観るのとは全く別の経験をして、改めて『映画館っていいもんだなあ』と、実感していただきたい。感染リスクを気にすることなく、トークイベントなども思い切りふんだんに実施したいと考えています。やはり人間には『集う』ことが必要なのだと、集うことが自由にできなくなった今、切実に感じています」と胸の内を明かしている。

 東風、想田和弘のコメント全文は下記の通り。

配給会社・東風

ご承知のように新型コロナウイルスの影響は、映画にとっても甚大です。劇場が休館を余儀なくされたり、たとえ上映を続けていても観客が安心して鑑賞することができなければ、いずれは劇場だけでなく配給会社も製作者も閉館や廃業ということになりかねません。いま脅威にさらされているのは、観客、劇場、配給、製作者によってまわっている「映画の経済」です。では、新作映画を楽しみにしている観客、劇場、配給、製作者、みんなにとって何かよいことができないか。新作『精神0』の公開を控えた想田和弘監督と配給会社東風のスタッフで相談しました。

そこで予定していた劇場公開と並行して、インターネット上に「仮設の映画館」をつくってみることにしました。ここには『精神0』を上映する各地の劇場が軒を連ねています。観客は、どの映画館で作品を鑑賞するのかを選ぶことができます。そして、その鑑賞料金(1,800円税込)は「本物の映画館」の興行収入と同じく、それぞれの劇場と配給会社、製作者に分配される仕組みです。

これは、新型コロナウイルスの脅威によって停滞している「映画の経済」を回復させるための試みの一つです。そして、この認識と方法とを全国の劇場、配給会社、製作者、そして映画ファンのみなさんと広く共有することによってはじめて「仮設の映画館」は、持続可能な施策となり、ともにこの非常事態を乗り切ることができる。そのように考えています。

『精神0』の「仮設の映画館」での上映期間は全国一斉、5月2日(土)〜5月22日(金)の3週間を予定しています(「本物の映画館」と同じく、ヒットしたら延長されるかもしれません)。さてまずは最寄りの劇場へ。そして、たまには懐かしい街の劇場を訪ねてみてください。もちろん状況が改善したら、ぜひ「本物の映画館」に足をお運びください。ここはあくまで「仮設の映画館」です。

想田和弘監督

 新型コロナウイルス禍が深刻化するなか、映画を劇場で観て下さる方の数が激減し、全国の映画館が存続の危機に立たされています。

 特に拙作が上映されるような、単館系ミニシアターの窮状には、のっぴきならないものがあります。「封切ったばかりの新作なのにお客さんが 1 日で0だった」「このままでは劇場の家賃や人件費も払えないので廃業するしかない」といった悲鳴が聞こえてきます。

 だからといって、「皆さん、ぜひ映画館へ足を運んで応援を!」と積極的にお勧めできないのが、今回の危機の辛いところです。もちろん、厳しい換気基準をクリアした映画館で映画を鑑賞する行為は、消毒の徹底やマスクの着用、人数制限などを徹底すれば比較的感染リスクは低いと言われています。それでも、映画館とご自宅の移動中のリスクなども考え合わせると、推奨しにくいのが現実です。

 5月2日から僕の新作『精神0』も全国順次公開予定なのですが、正直、家族や友達にさえ「映画館に来てね!」とは言いづらい自分がいます。それが本当に辛い。特に高齢の親には言い淀んでしまいます。

 したがって映画の製作者としての立場だけを考えるなら、公開を 1 年くらい、思い切って延期してもらいたいというのが本音です。ウイルスを移し移されることを気にかけることなく、安心して映画を鑑賞いただくには、それが最良ではないか。『精神0』の配給をしてくれる東風の皆さんにそう提案し、連日頭を突き合わせて議論してきました。

 しかし公開を延期する方法には、大きな問題があります。

 もしすべての映画製作者が作品の延期を決めてしまったら、映画館は当面、いったいどうなってしまうのか。急場をしのぐために旧作を慌ててかき集めて上映を細々と続けるか、休館するしかなくなるでしょう。コロナ禍が長引けば、ほとんどのミニシアターは廃業せざるをえなくなるのではないか。つまり1年後に『精神0』の公開を延期したとしても、そのときには上映できる映画館が全滅した「焼け野原」になっている可能性すらあるのです。

 もちろん、日本政府や自治体が休館中の映画館の家賃や人件費の補償をしてくれるなら別です。

 しかし残念ながら、行政が本来取るべきそのような動きは、今のところ見受けられません。相変わらずの無策には本当に腹立たしい限りですが、正直、行政に対して文句を言っている暇やエネルギーすらない緊急事態です。私たち映画人や映画愛好者は知恵を振り絞り、なりふり構わず助け合って、なんとかみ・ん・なで生き残るすべを模索するしかありません。

 そこで浮上したのが、5月2日から『精神0』を“仮設の映画館”で上映するというアイデアです。つまりデジタル配信です。

 といっても、これは劇場公開の後に行われる通常の配信とは仕組みが異なります。

 観客の皆さんには、最寄りの映画館の特設ページに行っていただきます(東京圏の方は渋谷シアター・イメージフォーラムのページへ、岡山の方は岡山シネマクレールのページへ)。

 そして映画館で映画を観ていただく代わりに、オンラインでご鑑賞いただきます。料金は劇場で観ていただく一般的な当日料金の1800円です。お支払いいただいた1800円は、通常の劇場公開の場合と同様の割合で、映画館と配給会社、製作者に分配されます。3人のご家族でご覧いただく場合には、3回ご購入していただければ本当に助かります。

 もしこれがうまく機能すれば、映画館だけでなく、配給会社や製作者にも、通常の劇場公開を行った場合と同程度の収入が見込めます。そして『精神0』以外の作品でも同様のことが行えれば、たとえリアルな映画館が一時休館せざるをえなくなっても、収入の道が確保できます。したがってコロナ禍が過ぎた後、劇場・配給・製作の三者が生き残っている可能性が高まります。

 もちろん、このような方策に舵を切ることに、映画作家としてためらいもありました。それは配給会社や映画館も同じ気持ちです。僕らは常に映画館で観てもらうためにこそ、映画を作ったり届けたりしてきましたから。本来ならば、満員の映画館でワイワイガヤガヤ、『精神0』を観ていただきたいのです。

 しかし現在は非常時です。人が集まることや、公共交通機関で移動すること自体が感染拡大リスクを高めると言われている今、そして観客の皆さんが実際に劇場に来にくくなっている今、緊急避難としての代替方法も考えなければなりません。ここはインターネットを最大限に活用し、しのぐしかないのだと覚悟しています。少なくとも座して死を待つつもりはありません。『精神0』に関するインタビューや対談も、すべて対面ではなくビデオ通話に切り替えました。

 観客の皆さんのなかには、インターネットに接続されていない方もおられることでしょう。あるいは、オンライン配信の手続きを自力で行えない高齢者の方もおられることでしょう(うちの親などには無理なような気がします)。そんななか、地域や映画館によっては、感染拡大状況を確認しながら、「仮設の映画館」と並行して劇場を営業する映画館もあるでしょう。それは各劇場の状況判断におまかせする所存です。

 いずれにせよ、これは劇場、配給、製作、そして観客という「映画のエコシステム」を守るための苦肉の策です。ぜひとも趣旨をご理解いただき、積極的にご参加・拡散いただけると幸いです。

 『精神0』は、ベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞を受賞しました。審査員からは「人間が持つ力と愛する者へのケアの価値を描いた感動的な映画」と評していただきました。この時期だからこそ観ていただきたい作品です。

 コロナ禍が収束したあかつきには、本物の劇場で『精神0』を改めて公開することを目指しています。そのときはぜひ、“仮設の映画館”でご覧いただいた皆さんも、お近くの劇場に足をお運びいただきたい。そしてオンラインで観るのとは全く別の経験をして、改めて「映画館っていいもんだなあ」と、実感していただきたい。感染リスクを気にすることなく、トークイベントなども思い切りふんだんに実施したいと考えています。やはり人間には「集う」ことが必要なのだと、集うことが自由にできなくなった今、切実に感じています。

 コロナ禍が終わり、皆さんと実際に安心してお会いできる日が来ることを、楽しみにしております。みんなで一緒に乗り切っていきましょう!

■〔仮設の映画館〕概要
鑑賞料金:一律1,800円(税込)
鑑賞料金の分配:プラットフォームの使用料(約10%)を差引後、一般的な興行収入と同様に、劇場と配給とで5:5で分配。さらに配給会社と製作者とで分配します。なお上映を予定していた劇場が事情により休映、休館した場合も「仮設の映画館」では続映し、その収益の分配の対象となります。
鑑賞期限(予定):レンタル購入から24時間以内/ストリーミングのみ、ダウンロード不可。
参加劇場:
【関東】〔東京〕シアター・イメージフォーラム、〔神奈川〕横浜 シネマ・ジャック&ベティ、〔群馬〕シネマテークたかさき
【北海道・東北】〔北海道〕シアターキノ、〔青森〕フォーラム八戸、〔岩手〕フォーラム盛岡、〔山形〕フォーラム山形、〔宮城〕フォーラム仙台、〔福島〕フォーラム福島
【中部】〔新潟〕シネ・ウインド、〔新潟〕高田世界館、〔石川〕シネモンド、〔富山〕ほとり座、〔静岡〕浜松 シネマイーラ、〔愛知〕名古屋シネマテーク
【近畿】〔大阪〕第七藝術劇場、〔京都〕京都シネマ、〔兵庫〕元町映画館、〔兵庫〕豊岡劇場
【中国・四国】〔岡山〕シネマ・クレール、〔広島〕横川シネマ、〔広島〕シネマ尾道、〔愛媛〕シネマルナティック
【九州・沖縄】〔福岡〕KBC シネマ 1・2、〔大分〕シネマ 5、〔熊本〕Denkikan、〔宮崎〕宮崎キネマ館
(2020.4.7 現在。今後増えていく予定)
『精神0』配信期間(予定):全国一斉、2020年5月2日(土)10:00〜2020年5月22日(金)21:00まで(延長の可能性あり)
ロゴデザイン: 「仮設の映画館」ロゴは、この試みに賛同してくださった、ミニシアター系映画の宣伝美術を数多く手がけるデザイナー・成瀬慧(なるせ・けい)氏からの贈り物です。
公式サイト:www.temporary-cinema.jp/seishin0

■公開情報
『精神0』
5月2日(土)より〔仮設の映画館〕にて公開、ほか全国順次公開
監督:想田和弘
(c)2020 Laboratory X, Inc

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