『野性の呼び声』は大人の観客向け!? タイトルに含まれたテーマに存在する現代的な問題

『野性の呼び声』が描く現代的な問題

 “キッズ向け”という顔をしているけれど、近づいてみると、深淵へと続く穴が口を開けていることに気づく……。そんな油断ならざる作品の一つが、ハリソン・フォード演じる老年男性と犬の冒険を描く映画『野性の呼び声』である。ここでは、なんとなくスルーしてしまいそうな大人の観客にこそ観てもらいたいポイントにフォーカスし、本作を深く考察していきたい。

 本作の原作となったのは、現在から117年前に書かれた、人気冒険小説。裕福な家に飼われている犬“バック”が、突然さらわれて売られたことから、人間や犬たちとの触れ合いや対立を経験し、様々な冒険を通して、自分の内に眠っている“野性”に目覚めていくという内容だ。

 この小説は、すでに何度も映画化がされており、『野性の叫び』という邦題がついた作品で、クラーク・ゲーブルやチャールトン・ヘストンら名優が、今回ハリソン・フォードが演じたソーントンを演じている。フォードは、白髪と白髭に包まれた顔で演技をしているが、ときおり『スター・ウォーズ』のハン・ソロ風の、ニヤリとしたチャーミングな笑顔を見せる。人生の終盤で冒険を始める男が“野性”を見せる瞬間である。そう、本作は、文明や心の傷によって忘れかけていた一人の人物の冒険心をも呼び覚ましていく物語なのだ。

 本作を手がけるのは、『リロ&スティッチ』(2003年)、『ヒックとドラゴン』(2010年)でも監督を務め、アメリカのアニメーション界に大きなインパクトを与えた異才クリス・サンダース。アニメ監督から実写監督まで務める天才、ブラッド・バード監督や、トラヴィス・ナイト監督らに続き、今回初めて実写映画に挑戦している。

 サンダースがユニークなのは、アニメ・クリエイターとしての特異さである。キャラクターたちのずんぐりとした個性的なプロポーションや、ハワイや北欧などの多民族的な文化、人間と他の種族との交流と友情を描くテーマのなかに、人間中心主義を揺るがすような要素を潜ませることで、共同監督のディーン・デュボアとともに、強い作家的な個性を発揮してきた。その経験は、本作の人間と犬との関係の描写に生きている。

 本作の動物は、ジョン・ファヴロー監督による、ディズニーの名作アニメーション作品の実写版『ジャングル・ブック』(2016年)、『ライオン・キング』(2019年)同様に、基本的にはCGアニメーションで作られ、人間の演技者の動きを基にしている。その意味で本作は、実質的にはアニメーションとも実写とも言い難い、中間的な存在だといえよう。

 ハリウッド娯楽大作映画においては、この“実写”、“アニメーション”を区分する概念に収まらない作品が、いまはむしろ主流になってきている。そんな状況下で、アニメ監督、実写監督という住み分けも曖昧になっており、それぞれが分野を越境しているのだ。

 そのことを強く示すのは、本作の撮影監督ヤヌス・カミンスキーの存在だ。ピーテル・ブリューゲルの絵画『雪中の狩人』を想起させる、山から人の住むところへ戻ってきたことを、大スペクタクルとして映し出す撮影や、野山を行く冒険者と犬のシルエットをとらえた場面など、本作の美しい撮影には息をのむほかないが、そんなベテランの職人技術と、シーンのなかでCGが融合してしまっているのである。CGの進化が圧倒的な表現力を獲得したことで、いまはもう、かつてのようにCGアニメーションに対する実写映像の優位性を語るのは難しくなっているのである。

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