『野性の呼び声』は大人の観客向け!? タイトルに含まれたテーマに存在する現代的な問題

『野性の呼び声』が描く現代的な問題

 そんな実写映像とアニメーションの魅力が真に描いたものとは、何だったのだろうか。それは、タイトルにもなっている“野性の呼び声”だ。

 本作の主人公のバックは、19世紀末のカリフォルニアにある温暖な土地で不自由なく暮らしている、優しい大型犬。好奇心が強いために様々なトラブルを起こし、飼い主を困らせる一面がある。ある日、盗みだされて北部に売られ、バックはカナダで郵便物を運ぶためにそりを引っ張る“そり犬”となる。

 そりを引っ張るチームは、“スピッツ”と呼ばれている、仲間を威嚇しながら支配するリーダーによって率いられていた。しかし仲間たちは、バックの仲間を想う優しさに惹かれ、次第にバックを支持していくようになる。

 過酷な環境のなかで何度もバックを助けるのは、狼の幻影によって象徴される、バックの中にある野性の本能である。ときに飼い主の命令さえも無視し、本能で危機を判断することで、飼い主の命を救うこともある。厳しい自然に生きてきた狼の習性は、人間よりも自然の脅威に敏感なのだ。そしてバックは、日々波乱の体験を繰り返し、最後の飼い主であるソーントンとともに冒険の旅に出かけることになる。

 そり犬のエピソードから得られるのは、リーダーの資質の重要性である。仲間に慕われるバックが群れを率いることで、チームはより結束し、これまでにないパフォーマンスを実現させる。実力ある優れたリーダーが、自分の地位ではなく仲間のためを考えて行動することで、仲間の側もリーダーの指示に心から従うことができる。これが“群れ”のあり方としては理想的なかたちであろう。同時に、それが分かっていても人間の社会はなかなかそうできないのが現実である。

 そして本作は、最終的には飼い主すら飛び越える野性を描くことになる。その箇所は、クリント・イーストウッド監督作『インビクタス/負けざる者たち』でも紹介された、南アフリカの指導者ネルソン・マンデラが心の寄りどころにしていた、イギリスの詩人の言葉、「私が我が運命の支配者 私が我が魂の指揮官なのだ」を思い出させる。

 本作の原作者は、1900年初頭から、40歳で自ら命を絶つまでの十数年間、作家として活躍したジャック・ロンドンである。ロンドンは小説家になる前に、困窮して学校に行けず工場で一日中働いていたり、アザラシ漁船に乗ったり、家に住まずに各地を転々とする生活をしていたという。原作小説に描かれたバックの過酷な境遇は、ロンドン本人の話でもあるのだ。

 そして、ときに人の指示に従い金銭を得ても、自分の心のままに生きることを大事にする。それこそ、ジャック・ロンドンの理想的な生き方だったのだろう。

 もちろん、完全に本能のままに行動していては、知能の高い動物の群れは成り立たないし、人間の社会生活も成り立たないだろう。ジャック・ロンドンも、実際にアメリカや日本の地で拘束されている。しかし、窮屈な現代社会に順応するために、我々は“野性の心”を捨て、自分の心の声に従って生きるということを忘れてしまいがちなのではないだろうか。

 自分の思うとおりに生きる。その考え方は原始的にも感じられる。しかし、周りの意見に左右されず、自分の意志を強く持つことは、本作の犬ぞりチームのように、結果として全体の利益につながる場合もある。ただリーダーや全体の顔色に合わせているだけでは、群れ全体が間違った方向に進んだときに、全滅することになる。

 そして、一人ひとりが個人としての意志を追求するためには、多様性の尊重も必要となるだろう。本作『野性の呼び声』は、その意味では非常に現代的な問題を扱っているといえよう。“野性”というテーマには、意外な重要性が存在していたのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『野性の呼び声』
全国公開中
監督:クリス・サンダース
キャスト:ハリソン・フォード、ダン・スティーブンス、カレン・ギラン、オマール・シー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c)2019 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.

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