サム・ロックウェルとは何者か 『リチャード・ジュエル』『ジョジョ・ラビット』に寄せて

進化し続ける俳優、サム・ロックウェル

オスカー受賞、そして現在地へ

『リチャード・ジュエル』(c)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

 2017年、彼は『スリー・ビルボード』でアカデミー賞助演男優賞を獲得。まだ記憶に生々しく残る本作のストーリーを一言で説明するのはもはや不可能だが、最初はヘドが出るほどの存在に思えた彼が、たった一本の映画の中で魂がぐるりと180度回転するほどの変貌を遂げていく。その様に誰もが心の震えすら感じたものだった。こんなことを成し遂げられるのは、いくら映画界広しといえども彼くらいのものだ。

 エキセントリックで、自身が大いに変貌を遂げ、なおかつ「お前は何者か?」という深い疑問へ真向かった演技は、まさにロックウェルのキャリアの集大成と呼ぶべきレベル。受賞のスピーチで「映画愛を与えてくれた父と母に感謝を」と述べ、なおかつこの受賞を古い友人で、同じ劇団のメンバーでもあった故フィリップ・シーモア・ホフマンへ捧げたのも印象的だった。

 そして2019年、俳優としての彼の旅路はまた新たに2本の映画へと到達する。一つはクリント・イーストウッド監督作『リチャード・ジュエル』。爆弾テロの危険性をいち早く察知し被害を最小限に収めた英雄たる警備員に、世間の過酷な疑いの目が向けられていく物語だ。

 「何よりもイーストウッド作品であることに惹かれた」と語るロックウェルが本作で演じるのはなんと弁護士。何ら対抗手段を持たない哀れな子羊のごとき主人公を「導く」存在だ。時折にじみ出る正義感や使命感の強さが役の陰影を深め、そのクオリティの高さにはイーストウッド監督も「彼はどんなキャラクターであれ、それを包み込むように理解し、彼自身のものにできる。あの役を完璧にこなしていたよ」と賛辞を惜しまない。

『ジョジョ・ラビット』(c)2019 Twentieth Century Fox

 また、先日行われたアカデミー賞授賞式で脚色賞を輝いた『ジョジョ・ラビット』では、これまたナチスの少年たちを「導く」という奇妙な役どころを、彼にしか表現できないノリとリズムで演じみせた。また、本作の持つ特殊なコメディ・スタイルをきちんと機能させるには自分がどうあるべきか、彼の飄々とした存在感にはその点をしっかり俯瞰して計算しつくした巧さがにじみ出ていたように思う。この全正反対の味わいを持つ2本は、彼の現在地を知る上でも欠かすことのできない逸品である。

 ともあれ、筆者はいま見出しに「カメレオン俳優」と書いたことを多少後悔している。考えれば考えるほど彼の魅力はそんなレベルに収まるものではない。彼の変化は決して一方的なものではなく、それによって観客の心までもが自ずと変化し、突き動かされるのだ。これはもはや彼の目線を借りた観客の体験、または冒険と呼んでもいいだろう。

 『マニアック1990』で殺人ピエロにおびえる三兄弟の長男役として第一歩を踏み出したサム・ロックウェルは、今やハリウッドを代表する存在となった。さて次は我々をどんな奥深い冒険へと導いてくれるのだろうか。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。

■公開情報
『リチャード・ジュエル』
全国公開中
出演:サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、ポール・ウォルター・ハウザー、オリビア・ワイルド、ジョン・ハム
監督・製作:クリント・イーストウッド
原作:マリー・ブレナー、バニティ・フェア 『American Nightmare: The Ballad of Richard Jewell』
脚本:ビリー・レイ
製作:ティム・ムーア、ジェシカ・マイヤー、ケビン・ミッシャー、レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・デイビソン、ジョナ・ヒル
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2019 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
公式サイト:richard-jewell.jp

『ジョジョ・ラビット』
公開中
監督・脚本:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイビス、タイカ・ワイティティ、スカーレット・ヨハンソン、トーマサイン・マッケンジー、サム・ロックウェル、レベル・ウィルソンほか
配給:20世紀フォックス映画
(c)2019 Twentieth Century Fox
公式Twitter:https://twitter.com/foxsearchlight
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