ジョニー・トーの傑作を野心的リメイク! 狂人続出の『毒戦 BELIEVER』は男2人の「情」の物語
今すぐ頭を強打して記憶を失いたい……! こんな気持ちになる日が来ようとは。『毒戦 BELIEVER』(2018年)は韓国ノワールの新たな傑作であり、香港映画の巨星ジョニー・トー監督の『ドラッグ・ウォー 毒戦』(2012年)を全く違うアプローチで再解釈した野心的なリメイクだ。
麻薬組織壊滅を目指す野獣刑事ウォノ(チョ・ジヌン)。彼は組織の長、通称“イ先生”逮捕のために人生を捧げていた。しかし、そんな彼を嘲笑うかのように、組織は麻薬工場を丸ごと爆破。足が着きそうになったら組織を組み直すために、関係者を皆殺しにする。いつものイ先生のやり方だ。ところが爆破炎上した工場から、組織の構成員ラク(リュ・ジュンユル)が見つかった。ウォノはラクを拘束し、彼に警察の潜入捜査官として“イ先生”逮捕に協力しろと命令。こうしてウォノとラクはタッグを組み、狂人ばかりの黒社会に潜入していくのだが……そこは本当に狂人しかいなかった!
本作『BELIEVER』の内容に触れる前に、まずジョニー・トーの『ドラッグ・ウォー』の話をしておきたい。トーさんは普段は香港で活動しているのだが、同作は中国大陸で撮影されている。そして2012年の香港と中国では、映画作りの全てが違った。検閲や現地のトラブルといった制約があったらしく、トーさんはかなり苦労したようだ。しかし、では駄作だったのかといえば、むしろトーさんのキャリアでもベスト級の傑作に仕上がっている。なんとも皮肉な話だが、この傑作は様々な制約があった中だからこそ生まれたのだ。その魅力はトーの映画でも屈指の「非情さ」だ。中国では麻薬所持の罪は物凄く重い。そして反体制的な表現は検閲で引っかかってしまう。つまり犯罪者、とりわけ麻薬組織の人間を美化する表現はもってのほかだ。結果、同作では潜入捜査をする麻薬組織の男は徹底的に悲惨な目に遭い続け、本人も最後までド外道を貫く。そんな彼を操る中国の公安は(これも検閲の関係か)超有能に描かれているのだが、あまりに有能すぎて、カッコいいを通り越して「怖い」の領域に入っている(演じるスン・ホンレイが怖すぎる)。ちなみに日本公での予告編でも「中国公安警察の実態を描いた禁断の野心作!」と、宣伝文句が麻薬組織より公安側のヤバさに傾いていた。こうした制作上の都合にトーさん本人の持ち味である「死ぬときは死ぬ」という非情さが重なり、全編通して「情」が入り込む余地は一切ない快作に仕上がった。終わり方も「たしかに法律通りだけど、だからって悲惨すぎませんか」と思うこと請け合いだ。