『いだてん』中村勘九郎の「さようなら」に込められたもの 四三の物語に一区切り
実次のカラッとした笑顔や、豪快な笑い声、幾江とのやりとりなど、中村獅童の演技は印象強かった。あの力強さが、四三を支えてきたのだとわかる。兄であり、父親のような存在だった実次は、四三の思い出の中で輝いていた。幼き四三を叱る姿。東京へ向かう四三を、涙でぐしゃぐしゃな顔で送り出す姿。四三をオリンピックに出場させるため、何度も頭を下げる姿。資金を渡すためにはるばる東京までやって来た力強い実次の笑顔。どんな表情であっても、弟を思う強い気持ちは変わらない。兄の姿を思い出し、「とつけむにゃあは、兄上のほうじゃったね」と呟く四三。「そろそろ、潮時ばい」と言う四三の表情は、悔いのないように見えた。
四三は治五郎に熊本へ帰ることを告げる。そこで四三は、実次が治五郎に会っていたことを知った。治五郎に勝負を挑んだ実次は一本背負いで放り投げられてしまうが、「順道制勝の極意、しかとこの身で受けました」と言うと、高らかに笑った。「弟が大変、お世話になり申した」と頭を下げる実次の表情は明るかった。
「嘘じゃなかったとね」
治五郎から兄の話を聞いた四三は、静かに涙を流しながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
四三は3度オリンピックに参加してきた。日本人初のオリンピック選手として出場したストックホルムオリンピック。マラソン日本代表として2度目の出場となったベルギー・アントワープ大会、そしてパリ大会。いずれも期待された成績を残すことはできなかったが、「走りたい」という四三の思いが途切れることはなかった。四三の思いを知る家族が、彼を支え続けてきたからだ。
四三の発した「さようなら」の響きが切ない。だが、四三は柔らかな笑顔を見せてその場を去った。3度のオリンピックを駆け抜けた「いだてん」の物語は終わった。しかし四三の情熱が途切れたわけではない。体協を立ち去る四三に、政治は敬意を払い、頭を下げた。新たな「いだてん」に、オリンピックへの情熱が手渡された瞬間だった。
■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。
■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/