前田敦子はなぜ「作り手」に愛される? 『町田くんの世界』『旅のおわり世界のはじまり』に寄せて

前田敦子はなぜ「作り手」たちに愛される?

 一方、ウズベキスタンでのオールロケで描いたロードムービー『旅のおわり世界のはじまり』では、まるで不器用で意固地な少女のような表情を見せる。

 前田が演じた葉子は、取材のためにウズベキスタンを訪れたテレビ番組のレポーターだ。
スタッフとも異国の人々とも交流せず、誰にも頼らず、誰にも一切心を開かず、唯一心を開いているように見える恋人にすら、表面的なウソで本音を隠し、心の内は明かさない。

 カメラの前ではスタッフの要求に笑顔で応じ、無理難題も根性で乗り切り、プロ意識を見せるが、本当にやりたいことからはどんどん離れていくことで、焦りや苛立ちを感じている。そんな葉子が、あるきっかけから自分の意思で動き始め、何かに突き動かされるように、暴走にも見える行動を始めるのだが……。

 ここで見せる前田敦子は、大人の女性には到底見えない。

 華奢な身体もそうだが、真面目さと純粋さ、頑固さ、不器用さ、不機嫌さ、青臭さ、不安定さが全身から漂っている。一生懸命だが、笑顔も下手で、本音が全然隠せていない。それでいて強く、貪欲で、どこか遠くをいつも見ている。

 音程がグラグラ揺れる声は、怒っているようにも、泣いているようにも、笑っているようにも聞こえる不思議な魅力がある。

 二つある道では、なぜか常に間違ったほうを選んで全力疾走し、迷子になる。それでも誰かに「助けて」とは言わない。視聴者はそんな姿を見てハラハラするし、グラグラ揺れ動く葉子の気持ちが伝染してくるように、不安になってくる。

 まるで異国の地で迷子になる女性のドキュメンタリーを観ているような不思議な味わいの映画なのだ。

 前田が黒沢清監督作品に出演するのは、『Seventh Code』『散歩する侵略者』に続いて、本作が3回目。黒沢監督が前田について「女優になってくれてよかった。女優に全然興味がないといわれたら、日本の映画界の大損失だった」と絶賛したというのも、頷ける。

 本作はこれまでの黒沢清作品とは大きく味わいが異なる。しかし、根底に流れる不穏な空気や、風や光、油のニオイ立つ鉄の塊や廃墟のような暗い路地、「異世界」への好奇心や不安、不条理さなどには、黒沢ワールドの空気が滲み出ている。

 前田敦子は、不思議とそんな世界観にしっくりハマる。こんなにも「異国の迷子」感をドキュメンタリーのように生々しく出せる成人女性は、前田敦子しかいないと思う。

 クセが強く、アクだらけで傷だらけなのに、いつでも真っすぐそこに立ち、新鮮さを与えてくれる女優・前田敦子。

 多くの監督たちに愛される理由がよくわかる2作を、見比べてみてほしい。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■公開情報
『町田くんの世界』
全国公開中
出演:細田佳央太、関水渚、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子
監督・脚本:石井裕也
脚本:片岡翔
原作:安藤ゆき『町田くんの世界』(集英社マーガレットコミックス刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)安藤ゆき/集英社 (c)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/machidakun-movie/

『旅のおわり世界のはじまり』
全国公開中
監督・脚本:黒沢清
出演:前田敦子、加瀬亮、染谷将太、柄本時生、アディズ・ラジャボフ
配給:東京テアトル
(c)2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

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