『いだてん』中村勘九郎に起きた悲劇 マラソン競技の過酷さを伝える呼吸音の演出

『いだてん』中村勘九郎に起きた悲劇

 気づくと四三は自室にいる。意識が戻った四三は状況を理解することができない。レース中に日射病で倒れたことを知らされ、四三は茫然とする。勝ち負けにこだわらず、純粋に走ることを楽しんでいた四三が味わう絶望を、中村は体現していた。四三は思い出せる分の様子を嘉納治五郎(役所広司)に話す。「調子がよくて、どんどんどんどん楽しくなって……」と笑顔を見せる四三だが、その表情には楽しかったという純粋な思い以上に、走りきれなかった事実に直面した悔しさが強く伝わってくる。自分の状況を理解できても、なかなか受け入れられない、そんな複雑な表情を中村は浮かべる。この表情に心を痛めた視聴者もいたことだろう。「負けは負けです」「すみません、すみません」と謝り続ける四三の体を案じた治五郎は彼を優しく寝かせた。横たわってもなお「すみません」と謝り続ける四三。静かに頰を伝う涙が、四三が味わったふがいなさを伝えてくれる。競技に挑んだ本人にしか分からない歯がゆさ、至らなさだ。

 なお第12話のタイトルは『太陽がいっぱい』。アラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督作の名作フランス映画のタイトルを引用したものと思われるが、ストックホルムオリンピックの猛暑、日射病によるフラつきを感じさせるだけでなく、勝ち負けにこだわらない四三が背負うことになった日本人の思い=太陽なのではと感じさせる奥深さに驚く。マラソン競技の壮絶さだけでなく、オリンピック参加への重圧をも伝える、ほろ苦い回となった。

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:中村勘九郎、阿部サダヲ/綾瀬はるか、生田斗真、杉咲花/ 森山未來、神木隆之介、橋本愛/杉本哲太、竹野内豊、 大竹しのぶ、役所広司
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/
写真提供=NHK

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