『いだてん』中村勘九郎に起きた悲劇 マラソン競技の過酷さを伝える呼吸音の演出
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第12話では、四三(中村勘九郎)がマラソンのスタートを切った。しかし、記録的な暑さの中、走り続ける四三に悲劇が起きてしまう。第12話は、日本人の思いを背負って走った彼の悔しさとふがいなさが強く印象に残る回となった。
四三がまもなくマラソンに出場するという頃、日本・熊本では、スヤ(綾瀬はるか)が金栗家と共に応援の宴を開いていた。準備万端とは言えないままマラソンのスタートを切る四三だが、徐々に順位をあげていく。だが、記録的な暑さに襲われ、四三は足元がフラつき、幼いころの自分の幻影を見る。
会場入りが遅れ、足袋のこはぜを留めている最中にマラソン競技がスタートしてしまうという状況の中、四三は序盤こそ焦りが見えていたが、ぐんぐんと順位をあげていく。しかしそれが悲劇の幕開けだった。1912年に行われたストックホルムオリンピックは記録的な暑さであり、劇中、時折ぐわりと空間が歪むような演出が挿入される。猛烈な暑さの中走り続ける四三の視界を追体験するかのようだ。突然の出来事に戸惑う四三だが、彼は走り続けた。「走りたい」という純粋な思いと、日本人の期待を背負って。
走る四三には台詞が用意されておらず、スッスッハッハッという呼吸音だけで、四三の調子が分かるように演出されていた。スタート直後の四三の呼吸は、緊張と焦りで呼吸法が整っていない。だがう定番の呼吸音が聞こえると、最下位だった四三はぐんぐん加速し、各国の選手を追い抜いていく。だが最初に四三がフラつきを感じたときから息苦しさが伝わってくる。現代を生きる視聴者は、猛暑によって生じた四三の異変が何であるか即座に気づいたことだろう。しかし四三にはそれが何かわからない。わからないが故に走り続け、体の異変はどんどん悪化していく。
加えて、走る四三の目には故郷・熊本の風景や東京の街並みが見える。そのうち彼は、幼き頃の自分の幻影を見る。幼い自分は四三をいたわりながらも前へ進んでいく。幼い自分に導かれるように、立ち上がり、走り続けようとする四三。徐々に苦しさを増す呼吸音は、当時のマラソン競技の過酷さを物語っていた。そこに幼い自分が見えるという自分自身と向き合う演出が加わることで、たった1人で競技に立ち向かわなければならないマラソン競技の過酷さが伝わってくる。
幼い自分に導かれた四三は分岐点でコースアウトする。ライバルのラザロが懸命に声をかけるも、四三は森の中へと消えていってしまった。