監督の作家性を維持しながらリッチな作品に “笑えない悲劇”『女王陛下のお気に入り』の実験性

『女王陛下のお気に入り』の実験性

 そして、そんな女王だからこそサラと仲違いすることで、結果的に国民にとって良い方向に政治が転がるという結末が、むしろ皮肉として描かれるのだ。こんなことで意志決定される政治とは、一体何なのだろうか……。もはや脱力するほかない、苦い苦いハッピーエンドである。

 本作の物語は、もう少し続く。女王と決別し、珍しい南国の果物だけをもらって屋敷へと帰ったサラは、後悔のなかで女王への哀願の手紙をしたためていた。だがプライドが邪魔をして、手紙を書いては捨て、書いては捨て……。その姿は、あたかも本物の恋愛に悩んでいるかのようだ。しかし、サラがアンに固執するのも、彼女が女王として絶大な権力を握っているからに他ならない。彼女の苦悩を恋と呼ぶなら、それは権力に対しての恋なのではないだろうか。そして、彼女はみじめにも恋に破れたのだ。

 そんな、恋愛を装った権力闘争に勝利したアビゲイルは、うっとりと宮廷生活に身を浸す。しかし、その暮らしを維持するため、今日も今日とてアンの性欲を処理しなければならない。果たして、これは勝利と呼べるのだろうか。アビゲイルは、そのような境遇を嫌って宮中にやってきたのではなかったか。劇中に登場した売春宿で働く女性たちと、彼女の仕事は本質的にどこが違うのだろうか。

 そして、権力を行使して人々を従わせ、愛情や奉仕を強要しなければ、それを得られない女王は、なんとみじめなのだろうか。国家の中枢、権力の頂点に位置するのは、そんなみじめな人間たちなのである。

 だが本作は、このような古い政治体制を笑っているだけではないはずだ。世界的に経済格差が拡大する現在の社会の中では、権力の固定化が強まっている。実際に政治を動かすのは、往々にして庶民の生活とは縁のない上流の側の人々である。そんな生活を送っている人間の社会観は、えてして本作のそれと変わらないのではないのか。

 そして本作が真に笑っているのは、彼女たちを滑稽だとも、哀れだとも感じる我々が、自分たちの社会だけはまともな仕組みで運営されていると思いこんでいる、甘い認識なのかもしれない。その意味で本作は、やはり笑えない悲劇なのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『女王陛下のお気に入り』
全国公開中
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、オリヴィア・コールマン、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン
配給:20世紀フォックス映画
2018年/アイルランド・アメリカ・イギリス映画 
(c)2018 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/

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