脚本家・野木亜紀子は“小さな声”に耳を傾ける ドラマをヒットさせる、視線と言葉の鋭さ

世の不条理や理不尽にフラットにNOと突きつける

 だが、それだけが野木亜紀子の魅力ではない。眼差しはリアリスティックでありながら、その立場が決して既存のマスコミ的権威や固定観念にとらわれていないこと。むしろ長らく“いないもの”とされてきた“気が弱い人”や“声が小さい人”の視点からの発信であることに、野木作品が支持される最大の理由がある。

 たとえば『逃げ恥』で言えば、放送時は「ムズキュン」というワードが飛び交い、みくり(新垣結衣)と平匡(星野源)の関係性に話題が集中した。しかし、放送終了から2年を経て『逃げ恥』の功績として改めて挙げたいのは、「やりがい搾取」や「呪い」といった言葉を世に広めたことだ。どちらも多くの視聴者がうっすらと違和感や不満を抱きながら、どう言葉にして表明すれば良いのかわからず、あるいはこうしたモヤモヤを抱くこと自体が間違いなのかとさえ自身を責め、窮屈な想いを抱いていた。

 だからこそ、野木亜紀子がテレビドラマという影響力のある場でこれらを発信することで、多くの人が「そうそう!」と喝采の声をあげた。以来、ネットではこうした「やりがい搾取」や「呪い」に関する記事は頻繁にバズを起こし、「友人だからと無料で仕事を頼むのはおかしい」「ママだからオシャレはしちゃダメなんてことはない」といった意思表明のツイートは大量のいいねやリツイートを集めている。『逃げ恥』を潮目に、確実に現代人の価値観は一歩前進した。野木亜紀子は、決して権威や偏見に流されない。あくまでフラットに、世にはびこる不条理や理不尽にNOと突きつける。

 野木亜紀子が「いち脚本家」にとどまらず、「野木亜紀子の脚本だから観る」といった固定ファンを得ているのは、こうした「私たちの代弁者」としての共感があるからだろう。『アンナチュラル』でも法医学ドラマとしてのミステリー性、エンターテインメント性を驚くべきレベルでキープしながら、女性差別やブラック企業問題、いじめなど様々な社会問題を取り込んだ上で、胸のすくようなメッセージを込めた。第6話で、性暴力の被害者である東海林夕子(市川実日子)に対し落ち度を指摘する刑事に、「女性がどんな服を着ていようがお酒を飲んで酔っ払っていようが好きにしていい理由にはなりません。合意のない性行為は犯罪です」とミコトが一刀両断した場面も実に野木らしい。きっと痛快な想いをした視聴者も多いはずだ。

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