『キャロル』は手法上のリハーサル? 『ワンダーストラック』は混乱しつつ、なおかつ透明たりうる

『キャロル』は手法上のリハーサル? 『ワンダーストラック』は混乱しつつ、なおかつ透明たりうる

 ただし1927年という年はサイレント映画にとって、終わりの始まりでもある。1927年10月6日、ニューヨーク市内のワーナー・ブラザース劇場で世界最初のサウンド付き長編映画がプレミア上映される。アル・ジョルソン主演の『ジャズ・シンガー』である。ローズが『嵐の娘』を観て劇場を出ようとすると、『嵐の娘』のポスターがまさに剥がされようとしており、「サウンド時代の到来だ!」という横断幕がものものしくはためいている。サイレント時代の終わり──彼女の幸福な映画ファン時代の終わり。トーキー映画は聾者を蚊帳の外に追いやることだろう。嵐の娘、嵐の孤児。サイレントの終わりと共に、ローズ自身がまさに「孤児」として流されていく。母親を失って大都会でさまよう1977年の孤児ベン。聴覚に対する視覚の優位が確立し、サイレント映画ファンとして孤児と化した1927年のローズ。50年という時間を隔てて、2人の子どもが無音の中をさまよい出て行く。この2つの光景の恐るべき詩情をなんと表現したらよいものか。

 2人の孤児の彷徨を跡づけるこの『ワンダーストラック』というジュヴナイル(juvenile =児童映画)は、じつに挑戦的な作品だ。なぜかというと、ベンの父親探しという最低限のサスペンスを除いては、ほとんど物語が存在しないからだ。物語なきハリウッド映画。オハナシを持たないジュヴナイル。トッド・ヘインズ監督はひとつの映画を作ることによって、ひとつの新ジャンルを生み出してしまった。世界中の子どもたちはこの挑戦をどのように受け止めるのだろうか。また、この作品はニューヨークが誇る2つのミュージアムに対する敬意に満ちたオマージュでもある。まずマンハッタンにある「アメリカ自然史博物館」。そしてもうひとつは、ニューヨーク全5区の精巧なジオラマで知られる「クイーンズ美術館」。19世紀に開館した「アメリカ自然史博物館」には1927年のローズが同館に務める兄を頼って訪ねて来るし、1977年のベンも、父から母に贈られたとおぼしき『WONDERSTRUCK』という同館発行の画集を手がかりに訪れる。博物館・美術館という世界に星の数ほどある施設を訪ね歩くという体験の楽しさ、貴重さを、この映画を観る子どもたちに教育的にサゼスチョンしている。

 本稿の最初で筆者は「混乱しつつ、なおかつ透明たりうる」と本作を評した。その相矛盾を豊かに生きる。そしてまた本作は、怪奇幻想映画でありつつ児童向け教育映画でもあるという、そんなユニークな存在たりえている。最近の日本で起きた、とある小さなエピソードを配給スタッフから伺った。本作の子ども向け試写会でのこと。アンケート用紙に幼い男の子の字で、本作に感動したこと、そしてもっと映画というものをたくさん観ていきたい気持ちになった旨が書かれていたという。じつに美しいエピソードだ。そして本作は、将来有望な映画ファンをひとり作り出したのだ。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ワンダーストラック』
角川シネマ有楽町、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中
監督:トッド・ヘインズ
脚本・原作:ブライアン・セルズニック
出演:オークス・フェグリー、ジュリアン・ムーア、ミシェル・ウィリアムズ、ミリセント・シモンズ
配給:KADOKAWA
(c)2017 AMAZON CONTENT SERVICES LLC
公式サイト:http://wonderstruck-movie.jp

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