『8年越しの花嫁』は安直な“メディア商品”ではないーー作り手たちが紡いだ愛のメタファーの反復

荻野洋一の『8年越しの花嫁』評

「特に今回の作品はセリフとして聞こえたらダメだなと思ったんです。(中略)特に監督から言葉で指示はありませんでしたが、きっとその方がいいと監督も思われたんじゃないでしょうか。芝居であって芝居でないものを求められている感じがしましたね。面白かったのが本番をやったあと“どこがどうってことじゃないんですけど、もう1回”っておっしゃるんですよ。(中略)でもそれがありがたかったんです。“ここをこうしてくれ”って言われると、どうしても芝居になってしまう。今回はむしろ芝居をしちゃいけないくらいの気持ちでやっていたので、“とりあえずもう1回、尚志の人生を生きてみて”みたいな指示がすごくありがたくて。本当に力が抜けた状態で、何も考えずもう1回やってみる……そういうことの繰り返しでした」(公式パンフレットより)

 片道2時間の距離を病院へ毎朝訪れ、彼女の両親との関係も深めつつ、携帯動画で日々を記録する。こわれたものを修復したい、メンテナンスしたい。彼の、待つ人としての愛情はそんなふうに不器用に表現される。医者ではない彼にできることは、待つことと信じること、不断の微調整とメンテナンスーーつまり愛することである。島の崖っぷちに、ひとつだけ破損したブランコがある。彼はそれを見過ごせない。ブランコを修理する。そんな後ろ姿を追う人がいる。あの日の夜、腹痛に耐えかねて合コンを一次会で辞す青年を女性が追ってきて、ひとつの出会いが起こったように。こわれたブランコやバイクのメタファー。ショッピングモール駐車場のぬかるみ、彼のアパート前のぬかるみ。瀬戸内・岡山のおだやかな景観に見守られながら、愛のメタファーが執拗に反復され、オペラ的、祝祭的な大団円へとむかっていく。

 結婚式場の急な階段、小豆島のブランコのある絶壁、結婚を申し込む思い出の丘陵。ダイナミックな高低差をつくる地形は、本作にあってはいずれも幸運をもたらす空間的メタファーとなる。人は戻ってくる。高低差ある吉祥的な空間にむかって。「もういちど好きなる」と彼女は言った。最初の機会は失われても、もういちど新たにやり直しの船が来る。路面電車が来る。チャンスは一回であきらめてはならない。次の船が、次の電車が来ると信じて待つ。そしてそのあかつきに、有り得べき場所へと戻ろう。もういちど、新たに。そもそもこの映画じたいが、すでに撮られた実在の尚志さんによる携帯動画のリメイクなのであり、結婚式場がアップして閲覧者の感動を呼んだYouTube動画のリメイクとして再出発を図ったものではなかったか。彼女は彼のもとに戻る。夜のアーケードで、病室のベッドで、島の絶壁で。そして彼と彼女も映画の中へと回帰する。映画そのものも、愛の回帰としてあるのである。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』
全国公開中
出演:佐藤健、土屋太鳳、北村一輝、浜野謙太、中村ゆり、堀部圭亮、古舘寛治、杉本哲太、薬師丸ひろ子
主題歌:back number「瞬き」(ユニバーサル シグマ)
監督:瀬々敬久
脚本:岡田惠和
音楽:村松崇継
原作:中原尚志・麻衣「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」(主婦の友社)
制作プロダクション:松竹撮影所、東京スタジオ
配給:松竹
(c)2017映画「8年越しの花嫁」製作委員会
公式サイト:8nengoshi.jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる