菊地成孔×モルモット吉田、“映画批評の今”を語る 「芸で楽しませてくれる映画評は少ない」

菊地成孔×モルモット吉田、映画批評を語る

菊地「まだ音楽が映画に対して持っている力は強い」

吉田:今後、菊地さんが映画評論の中でやりたいことってありますか?

菊地:僕の一冊目(『ユングのサウンドトラック』)の話になりますが、映画批評の中の音楽批評というものは、単体のサントラマニアがいるだけの状況で、ある意味で別枠にして大切にしているとも言えるし、ある意味、不可触にしているとも言える。映画批評の中にある音楽批評は、もっと融合してもいい。映画は、音楽と映像を合わせたミクスドメディアなので。世界で初めてミュージックビデオができたときは、ミュージックビデオに対する批評があったけど、まだまだ映画批評は音楽に対して、「ちょっとそれはおいといて」という状況です。まあ、難しいんですね。かのエイゼンシュタインですら、トーキー初期に、映画の画面と音楽を統一的にまとめるモンタージュ理論みたいなのを書いて大失敗してるんです。「映画における第5次元」という論文で、エイゼンシュタイン全集に当たれば、日本語で読めますが。支離滅裂です。もう、そこから始まってるんですけどね。

 特にゴダールに関しては、言論統制でもあるかのような強度で、誰も音楽についてちゃんと話さないんですよね。そもそも蓮實さんが一切話さないことがオリジンになっているのかもしれないですが、佐々木あっちゃん(佐々木敦)みたいに音楽評論もやっている人ですらきちんと話さないんで。ゴダールだと、音楽の話以前に、みんな誰もわからないぐらい難しく書くから、難しく書く競争になって、より難しく書けたやつのほうがえらい、みたいな。

 俳優と映画監督、プロデューサーと映画監督の関係はみんな敏感に書くけど、音楽家と映画監督については、ないですよね。ミシェル・ルグランなんて、一種の乱交みたいにいろんな人とやるんですね。でもジャック・ドゥミとミシェル・ルグランがあって、ゴダールとミシェル・ルグランがあって、って書く人はほとんどいないから、僕はそこをやりたくて書き始めて、『セッション』っていうタチの悪い爆弾を掘り起こしただけで、ジャズ考証が雑なものにケチをつけるためにパトロールしている人、みたいに落とし込まれたのはウケるというか(笑)。

 だから、インフルエンサーによって1回つけられちゃった「ジャズにうるさい」という汚名を晴らすべく(笑)、連載では音楽と映画についてはあまり書けませんでしたけど、本の後半の、連載じゃないパートには書いています。ヒッチコックの『ロープ』は、みんなが頭の中でサスペンスの音楽が鳴っているものとしてしまっているんだけど、実際見ると驚くのは、音楽が鳴ってないの(笑)。ああいう記憶の違いやねつ造という力も含めて、まだ音楽が持っている力は映画に対して強いし、映画批評というものに、ネクストとは言わなくともアザーレベルがあるとしたら、音楽についてちゃんと書くことです。今は「音楽がすごく良くてさ」とかそのぐらいなんですよ。

吉田:武満さんは『アマデウス』のときに「あの音楽はどうなんだ」って周りに聞かれて、批判をするとみんな満足していたという話がありましたが(笑)。

菊地:ロックはすごいんですけどね、本当に。個人的に観て、媒体がないから書けませんけど、久しぶりに同じ映画を5回見たのが『ベイビー・ドライバー』です。そんなこと、中学生以来したことなかったのを、何十年ぐらいぶりにやりました。本当にすごく面白い、素晴らしい映画です。ロックやブラックミュージックの映画の考証水準一般と、ジャズの映画のそれとは比べ物にならない。そうした一般論も、『セッション』批判に込めているんですけど、みんな喧嘩見てチンコ勃っちゃってるから(笑)。ちゃんと読んでくれない(笑)。日活ロマンポルノですよ(笑)。

 選曲家として優れている監督も、実際の映画音楽家も、ジョン・ウィリアムスら神々たちの時代からクラスが上がっていて、若手ですごいものを書ける人が増えているんですよ。でも、サントラの生産枚数は曲線的に下がって、具体的にブツが全然ないの(笑)。音楽産業の無料化によるピンチが、影響を与えちゃっている。例えば『さや侍』の清水靖晃さんのトラックは本当にすごい。時代劇のオーケストラOSTとして、黒澤(黒澤明)以来の大河ドラマにもなかった素晴らしいものなんだけど、サントラ盤がないというね。探したら竹原ピストルが歌っている歌しか出ていなくて、「頼むよ!」っていうことを声を大にして言っても、どこにも届かないのが現状ですよね(笑)。

 だから、吉田さんの『映画評論・入門!』とかを読むと映画批評をしたり感想を書き散らしている人に対して、一番高い志で、一番高い仕事をしてみせれば、自然と愚衆が襟を正すであろうという(笑)。ものすごい志とクオリティーの高さを感じて、感動しました。

(取材・構成=編集部)

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