BOMIの『スイス・アーミー・マン』評:自由な発想で作られた、ファンタスティックな映画

BOMIの『スイス・アーミー・マン』評

 BOMIが新作映画を語る連載「えいがのじかん」。第10回となる今回は、『ハリー・ポーター』シリーズのダニエル・ラドクリフが死体役で主演を務めた『スイス・アーミー・マン』をピックアップ。(編集部)

 『スイス・アーミー・マン』はすごくファンタスティックな映画だったのですが、とても人に説明しづらい作品で……(笑)。監督は「最初のオナラで笑わせて、最後のオナラで泣かせるような映画を作りたい」と言って役者を口説いたようなのですが、それがもっともわかりやすい説明だと思います。何か3つピックアップするなら、「オナラ」、「孤独」、「友情」でしょうか。そもそも、死体が主役なんて、ゾンビものの映画でもない限りとっても奇特な物語だと思いませんか?(笑)

 まず冒頭のシーン。海水に潜ったり浮いたりする画面、漂う海に書き散らかされた「Help!」の文字、浮いたメッセージボトル……すごく奇妙な世界観なのですが、この冒頭の3分で、主人公がどんな状況に置かれているのか、物語のアウトラインが簡潔に、とてもわかりやすく説明されています。理由は説明されていませんが、どういうわけか無人島に辿り着いてしまった青年ハンク。助けてくれる人も現れず、誰も気づいてくれない。もう自殺してしまおうか……と首を吊る寸前、ちょうど波打ち際に人を発見します。

 あまりにひとりでいる時間が長すぎたためか、流れてきた人が生きているのか死んでいるのか、そもそも本当に人なのか、もしくは幻覚なのか……それもわからずに慌てふためくハンクでしたが、急にその死体(メニー)がオナラをし始めたことで、生きているのだ!と確信し、走り寄る。そもそも、口から水を吹き返すとかではなく、オナラということが、一瞬「えっ、嘘でしょ?」となるのですが、死体から音が出ることもあるとよく言われるので、そういうものなのかなと思って観進めていたのです。ここからです大変なのは……。そこから今までに観たことのないような、ものすごい物語が展開されていくのです。

 オナラをエンジンに、死体に乗って、ハンクはとにかくこの島から出ようとします。予告編にも使われている“死体のオナラでジェットスキー”のこのシーンのインパクトがとにかく必見。馬鹿らしいなと思いながらも、今振り返ってみたら、オナラで世界を飛べないかみたいなことって、子どもの頃に考えたことがありました。『行け!稲中卓球部』なんかにもそういうシーンがあったような……そんな子どもの頃の発想を失わずに、そのまま大人になった人が作った映画って、それだけでわくわくする。

 監督は、ミュージックビデオのディレクター出身のダニエルズという2人組なんですね。そういう意味でも、自由な発想で作られているのがすごく理解できる作品になっています。とにかく新しい。最近はAIやロボットなどをテーマに、“人間とは?”という問いかけを描いた作品も増えてきている印象ですが、死体との触れ合いを通して人間というものを浮き彫りにしていく手法はアイデアとして面白いし、ものすごく斬新でした。

 あとは、やはりミュージックビデオ出身ということで、ミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズの作品にも通じるところがありました。特に中盤に登場する何もない森の中に手作りで思い出の中にあったバスを捜索していくシーンなんかは、近いものを感じましたね。だけど、そこにも彼らなりのオリジナリティが溢れていて、美しくも奇妙なシーンになっていました。

 そしてミュージックビデオ出身の監督ということもあってか、音楽のセンスも素晴らしい。音楽はマンチェスター・オーケストラというバンドのメンバーが手がけていますが、身体から発せられる音(声やら何やら)と、自然環境に存在する音だけを使って作曲されているそう。その音楽も作品全体の奇妙な雰囲気を彩っていて、うまく作用していました。

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