BOMIの『ありがとう、トニ・エルドマン』評:すべてを語りすぎない、観客との的確な距離感

BOMIの『トニ・エルドマン』評

 あとはやっぱりイネスがホイットニー・ヒューストンの「Greatest Love Of All」を歌うシーン。なぜか突然、パーティで出会った女性の家をイネスと一緒に訪れた“トニ・エルドマン”が、嫌がるイネスを無視してオルガンで演奏を始めるんです。イネスは嫌々その演奏に合わせて歌い始めるのですが、途中からスイッチが入っちゃって大熱唱します。このシーンがめちゃくちゃよかった。「あなたが夢見ていた場所が 寂しい場所になってしまったら 愛があなたを力づけてくれる」という歌詞と2人の関係性がものすごくマッチしているんですよね。そこで完全に打ち解けるわけではないというのも、また裏切られる感じで面白いんです。この「Greatest Love Of All」の歌詞はラストシーンともリンクしています。ラストにヴィンフリートがイネスに言うセリフがまた素晴らしくて、グッときます。

 ヴィンフリート/トニ・エルドマンを演じた俳優(ペーター・ジモニシェック)さんとイネス役の女優さん(ザンドラ・ヒュラー)、2人の演技も素晴らしかったです。映画を観ていると即興的なところがあるかと思ったのですが、インタビューを読むとかなりガッチガチで決められていたみたいですね。イネス役の方が「ありきたりの演技だったら何度も撮り直した」と発言していたりして。“ありきたりの演技”って何?っていう感じですよね。ヴィンフリート役は特に難しい役柄だと思います。ヴィンフリートを演じる上に、ヴィンフリートが演じるトニ・エルドマンも演じなければいけない。二重構造になっているわけですからね。ドイツ映画って、『ヒトラーの〇〇』とか『ナチスの〇〇』みたいな作品のイメージが強かったのですが、『ありがとう、トニ・エルドマン』のような世界各国で評価されるような普遍的な面白さがある作品もあるんですね。

 さらにこの作品、ジャック・ニコルソン主演でハリウッドリメイクも決定しているそうです。繊細さの上に成り立っている印象だったので、リメイク版はどんな感じになるのでしょうか。とにかくクケリはぜひ続投してほしいですし、今から楽しみです。

(取材・文=宮川翔)

■BOMI(ボーミ)
シンガー。2012年6月に日本コロムビアよりミニアルバム『キーゼルバッファ』でメジャーデビュー。2015年にセカンド・アルバム『BORN IN THE U.S.A.』を発表。そして昨年12月にはTOKYO RECORDINGSプロデュースによる最新アルバム『A_B』をリリースした。モデルや女優としても活躍中。公式サイトTwitterFacebook

■公開情報
『ありがとう、トニ・エルドマン』
シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかにて公開中
監督・脚本:マーレン・アデ
出演:ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー
配給:ビターズ・エンド
2016年/ドイツ=オーストリア/162分
(c) Komplizen Film
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tonierdmann/

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