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年末企画:荻野洋一の「2016年 年間ベスト映画TOP10」

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 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2016年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマの三つのカテゴリーに分け、映画の場合は2016年に日本で劇場公開された洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10本をセレクト。第十三回の選者は、映画評論家の荻野洋一。(編集部)

1.『チリの闘い』
2.『人生は小説よりも奇なり』
3.『白鯨との闘い』
4.『映画よ、さようなら』
5.『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』
6.『イット・フォローズ』
7.『彷徨える河』
8.『母の残像』
9.『エル・クラン』
10.『レヴェナント 蘇えりし者』

 「アメリカ映画という言葉は冗語法に過ぎない。元来、映画という単語にはアメリカという意味が内包されているから、意味が重複してしまう」と、かつてフランス・ヌーヴェルヴァーグの映画作家・批評家ジャン=リュック・ゴダールは言った。曰く「映画とはつまり、アメリカ映画のことである」。しかし近年、ますます「映画」から「アメリカ」が剥離しつつあるという事実を、私たちはどれほど深刻なものとして受け止め得ているのか?

 ならば、いっそ2016年の映画ベストテンなるものを、粗暴にアメリカ映画のみによるそれとして捏造してしまうことで、「アメリカ映画」という語が冗語法でなくなりつつある現代を逆照射できるのかもしれない、という無茶な操作をここで施してみようと思うのだ。

 しかし一方で、ゴダールはこうも言う。「ある人に “あなたはどちらの方ですか?” と訊いたとき、相手が “アメリカです” と答えてきた場合、私は “では、ブエノスアイレスかモンテビデオにお住まいなのですね?” と言い返してやることにしています」。アメリカといえばアメリカ合衆国のことだという紋切り型の無意識な横暴さに対して容赦ない反撃を加えるのが、ゴダールのやり方である。映画という単語がすでにアメリカという意味を孕んでいると一方で放言しておきながら、もう一方でアメリカは必ずしも合衆国ではなく、「ブエノスアイレスかモンテビデオ」でもあるのだとも言う。

 ゴダールにちなんで、わが2016年ベストテンをアメリカ映画ベストテンとすることは畢竟、アングロアメリカだけでなく、ラテンアメリカも含むベストテンとなることを指している。近年ますますメキシコ、コロンビア、ブラジル、チリ、アルゼンチンなどの中南米映画の勃興が、もはや無視できない事象となりつつあることを、広報してまわりたいという意図もある。『チリの闘い』がチリ映画であり、『人生は小説よりも奇なり』『白鯨との闘い』『シビル・ウォー』『イット・フォローズ』『母の残像』『レヴェナント』はUSA映画。なかんずく10位『レヴェナント』の監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥも撮影監督エマヌエル・ルベツキもメキシコ人で、内容的には先住アメリカンについての映画だ。『映画よ、さようなら』はウルグアイ映画、『彷徨える河』はコロンビアのアマゾン映画、『エル・クラン』はアルゼンチン映画。2017年はチリの期待株パブロ・ララインの新作『ネルーダ』の公開を待ちたい。

 ところが、話はまた反転する。今回のリストで1位とした『チリの闘い』は、チリの左翼アジェンデ政権をピノチェトが軍事クーデタで転覆する模様を記録した鮮烈なる5時間のドキュメンタリーであり、監督はチリのドキュメンタリスト、パトリシオ・グスマンであるから、この作品は先にも述べたように、まちがいなくチリ映画だ。チリ映画史の金字塔と言っても過言ではない。

 しかしながら、ピノチェト将軍によるアジェンデ政権への転覆圧力、そして軍事クーデタの真のシナリオライターは、アメリカ合衆国である。裏資金の提供もしていることを考慮に入れるなら、合衆国は軍事クーデタのプロデューサーでもある。トラック組合のストライキをけしかけるために賄賂を流したのもCIAであると言われている。ワシントンは、アジェンデの左翼政権が反米化することを恐れたのである。

 作品製作の深部においてパトリシオ・グスマンは、怒りをもってこう答えるべきである。「わが『チリの闘い』の真の作者はアメリカである」と。それはちょうど、スペインの画家パブロ・ピカソの代表作『ゲルニカ』のケースに似ている。1936〜39年のスペイン内戦さなか、バスク地方の小都市ゲルニカを、フランコ派を支援するナチスドイツのコンドル部隊が無差別爆撃したというニュースを、パリで知って激怒したピカソは、短期間のうちに超大作『ゲルニカ』を描き上げ、パリ万博で展示した。万博会場にナチスの高官が視察にやって来て、「この絵を描いたのは貴様か?」と訊いた。ピカソは決然としてこう答えたのである。「この絵の作者は、あなた方だ」。

【TOP10で取り上げた作品のレビュー】
荻野洋一の『シビル・ウォー』評:スーパーヒーローたちの華麗なる饗宴の影にあるもの
荻野洋一の『母の残像』評:“2016年路地裏の映画史”ラストを飾る、〈母の死〉から始まる物語

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『チリの闘い』
渋谷アップリンクにて、12月24日〜30日(「見逃した映画特集2016」より)
ほか、全国順次公開中
監督:パトリシオ・グスマン
第一部 ブルジョワジーの叛乱(1975)96分
第二部 クーデター(1976)88分
第三部 民衆の力(1978)79分
配給:アイ・ヴィー・シー
(c)1975, 1976, 1978 Patricio Guzman

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