荻野洋一の『続・深夜食堂』評:あまりにもさりげなく提示される食、生、そして死

荻野洋一の『続・深夜食堂』評

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 ところで松岡錠司映画の常連である大女優・渡辺美佐子は、今回最も大きな罪を負って、罰を受けるために博多から上京してきている。彼女は10歳の息子を置いて、出入りの御用聞きと駆け落ちした女である。老いて上京し、オレオレ詐欺にみすみす200万円を渡し、徘徊していたところで「めしや」に流れ着く。小津で言うと『東京暮色』(1957)の山田五十鈴を想起させるキャラクターである。しかし、マスター(小林薫)とおまわりさん(オダギリジョー)の機転で、老婆は、本作で最も感動的な恩赦を受けるだろう。もちろん、彼女が息子から許される機会はなく、彼女の罰は生涯にわたって消えないのだろうが、タクシーの後部座席から息子の家族のしあわせそうな光景をそっと目撃する機会を与えられた渡辺美佐子の、どこか達観したような静かな、慟哭したり号泣したりしない顔が、そこにある。

 キング・ヴィドア監督の名作『ステラ・ダラス』(1937)で、ヒロインのバーバラ・スタンウィックが、子どもの幸福の障害となっている自分を恥じて失踪する母親を演じ、子どもの華やかな結婚式を、スタンウィックが覗きこんで孤独な幸福にひたる場面の抒情を、本作の渡辺美佐子は思い出させる。現代の世知辛い東京の片隅の、深夜の人と人の袖すれちがう小さな物語である『深夜食堂』は、古典的な抒情喜劇と手をたずさえつつ、ゆたかな湿り気を帯びていく。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『続・深夜食堂』
全国公開中
原作:安倍夜郎「深夜食堂」(小学館「ビッグコミックオリジナル」連載中)
監督:松岡錠司
美術:原田満生
フードスタイリスト:飯島奈美
出演:小林薫、河井青葉、池松壮亮、キムラ緑子、小島聖、渡辺美佐子、井川比佐志、不破万作、綾田俊樹、多部未華子、余貴美子、光石研、松重豊、佐藤浩市、オダギリジョー
(c)2016安倍夜郎・小学館/「続・深夜食堂」製作委員会
公式サイト:http://www.meshiya-movie.com/

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