ベテランと新鋭、ふたりの監督は“終の棲家”をどう切り取ったか 『風の波紋』と『桜の樹の下』評

『風の波紋』と『桜の樹の下』評

(編註:メイン写真は『風の波紋』より)

 現在全国順次公開中のドキュメンタリー映画『風の波紋』と『桜の樹の下』。一方は60代を迎えた大ベテランの小林茂監督、もう一方は今回がデビューとなる新人女性監督の田中圭と、世代もキャリアもまったく違う二人が手掛けた両作品だが、ほぼ同時期に公開を迎えたのも何か不思議な縁か、どこかつなげてみたくなる。名画座気分で2本立てで見たくなるような微妙に内容がシンクロしている作品だ。

 両作品をつなげるキーワードを上げるとするならば“暮らし”といっていい。どちらも、とりたてて特別な人の、特別な場所の、特別な日々の時間を収めたわけではない。どちらかというとドキュメントされているのは、何か特別なことが起きるわけではない、ごくごくありふれた日常だ。でも、そこから、いわゆる世間一般に浸透している認識を改めさせられるような瞬間がぽっと現れるからおもしろい。

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『風の波紋』より

 まず、小林監督が旧知の仲である日本映画史に残るドキュメンタリーの傑作『阿賀に生きる』『阿賀の記憶』のスタッフとともに5年の歳月をかけて完成させた『風の波紋』の舞台は、長野の県境に近い新潟県の越後妻有(えちごつまり)。冬になると、家がまるごと埋まってしまうぐらい、雪が降り積もる豪雪地で、夏は見渡す限り緑の木々が生い茂る山里だ。プレス資料には“近年は都会からのIターン移住者も多い”と書かれているが、作品を見る限りではいわゆる過疎地の部類。いや、限界集落に近い状況に差し掛かっているような気がする。その証拠に、すでに主を失い無人となった家が無残にも重機で倒されていくシーンが収められている。

 いま、そのような“過疎地”ときいて、我々はどんなところをイメージするのだろう? お年寄りしかいない。買い物に行くにも事欠く。消滅しつつある町……。もはや風前の灯とでもいおうか。頭ではそれがすべてではないと思いつつ、未来も希望もないような、いずれにしてもネガティヴなイメージが先行するのではないだろうか。だが、そのイメージがいかに偏った見方で、勝手な想像でしかないかを、『風の波紋』は教えてくれる。

 本作は東京からの移住者である木暮さんを中心に置きながら、彼の周囲に自然と集まってくる人々の暮らしを、この地の四季を背景にしのばせながら追っている。主人公の木暮さんの自宅は、年季の入った茅葺屋根の古民家。ほとんど見よう見まねの昔ながらの技法で彼は米を作って暮らしている。一方、松本夫妻は関西からの移住者。地元でとれる植物を使っての草木染から機織りの工程までを夫婦でこなす、染織職人だ。映画には、彼らのような移住者だけではなく、先祖代々この土地で暮らす地元の人々も登場する。

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『風の波紋』より

 では、その過疎地の暮らしの実情はどうか?  苦しく厳しいのではないか?  でも、その暮らしぶりは、底抜けに明るい。こちらが拍子抜けするぐらいに。この時点で過疎地につきまとうひとつの暗いイメージが早々と消え去る。確かに都会生活における便利や贅沢はなにひとつない。でも、それをはるかにしのぐものがこの地にはある。食卓には四季折々、野山の恵みが並ぶ。野菜も米もほとんどが自らの手で作っている。お隣同士手を取り合わないと、何かあったとき立ちいかなくなるのがわかっているから、コミュニティの結束は固い。茅葺屋根の修理や稲刈りはお互いさま。協同作業で助け合う。事あるごとに宴を開き、酒を酌み交わす。でも、単なる悠々自適の田舎暮らし、というわけでもない。冬になれば、雪が降り積もり、来る日も来る日もひたすら雪かき(地元では雪堀りというらしい)に追われる。この重労働たるや、映像をみているだけでも疲弊するほどのハードワークだ。米作りだって、雑草を取り除くなど、きちんと手間ひまをかけなければ稲は育たない。

 作品は、田舎の良さも苦しさも分け隔てなくただただ、見つめる。この土地で生きる人々の何の飾りもない普段の営みを丹念に追い続ける。そこには、田舎暮らしの賞賛や、スローライフのススメといった押しつけや思い込みの視点は一切ない。あくまで、映し出すのは、この地で生きる人々の暮らしそのものだ。この暮らしをうらやむか否かは人それぞれだろう。ただ、おそらくほとんどの人は気づくはずだ。過疎地=負ではないと。そこには笑顔の絶えない暮らしがあると。かけげえのない人間の営みがあると。それは世間一般、とりわけ都心生活者の田舎に抱くイメージを大きく覆す。

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