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魔法少女のステッキが導くノワールーージャポニズムに彩られた『マジカル・ガール』の美学

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 この映画には絶頂がない。いやむしろ全編にわたり静かな絶頂に達し続けているというべきなのか。いざ扉を開けば最後。観客はまるで悪魔と契約を交わすかのような「手と手」の儀式に出くわし、そこからは芋づる式に悪夢の予感がしずしずと物語を満たしていくのを、ただ呆然と見守るしか術がない。一寸先すらも闇。何がどう展開するのか全くもって予測不能。そして観客の多く、特に日本人は、次の言葉に衝撃を受けることになる。

「魔法少女ユキコ」

 本作の登場人物のひとり、12歳の少女アリシアが熱狂する日本の(架空の)アニメーションである。そう、この映画には濃厚なジャポニズム要素が漂う。

 本作の監督、30代のカルロス・ベルムトは自身が愛してやまない日本のカルチャーを随所に挿入し、ある種のフィルムノワールとしてのまとまりの良さを放棄してみせた。高らかに鳴り響く長山洋子の「春はSA-RA SA-RA」。そうやって化学変化、あるいは突然変異とも言える肌感が像を帯び、ノワール世界に紛れ込んだ男たちは、魔法少女の持つ不思議スティックに導かれるまま、運命を右へ左へ、上へ下へと蛇行させていく。

出逢い、絡まり、錯綜する4つの目線

20160311-magicalgirl-sub4.jpgUna produccion de Aqui y Alli Films, Espana. Todos los derechos reservados(c)

 冒頭、教師が「何がどう転んでも、2+2=4なのだ」と口にする。面白いことに、この群像劇のメインキャラも4人だ。まずは少女アリシアと失業中の父ルイス。運命の審判は突如下される。娘が白血病に侵されており余命も短いことが判明。父は思う。元気なうちに好きなことをさせてあげたい。そこで娘のノートに書き記してあった「魔法少女ユキコのコスチュームが欲しい」という願いを叶えるべく危ない橋を渡ることに。

 一方、スペインの全く別の場所では、バルバラという美しい女が予測不能の行動を見せる。精神的に不安定な彼女には夫がいるのだが、彼は物語の周辺で右往左往するばかりで語り手として入り込んでくることはない。

 そして、もう一人。バルバラが電話をかける相手、初老の男ダミアンがいる。刑期を終えたばかりで、ジグゾーパズルが好きらしい。獄中でも模範的な暮らしを送っていたようで、人々からの信頼も厚い。

20160312-magicalgirl-sub4.jpgUna produccion de Aqui y Alli Films, Espana. Todos los derechos reservados(c)

 かくしてピースは揃った。教師の言葉が本当ならば、「2+2=4」は絶対的な真理であり、完全なる真実なのだとか。その命題を証明するかのように、4つの目線は思わぬ形で邂逅を遂げ、「魔法少女ユキコ」のコスチュームが欲しいという純真な願いはいつしか登場人物の誰しもを運命の螺旋階段へと突き落としていく。果たして事の顛末に、パズルは一体どのような完成図を見せるのか——。

 我々は、この研ぎ澄まされた語り口に魅了されるあまり、クライマックスよりもむしろ、次に何が待ち構えているのか、その一瞬一瞬を待ちきれなくなる。だからこそ、絶え間ない絶頂。芋づる式の悪夢。

      

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