巨匠ジャック・リヴェットが遺したものーーいまも受け継がれるヌーヴェルヴァーグの精神

 そんなヌーヴェルヴァーグ史を語るうえで重要人物の一人だったジャック・リヴェットの作品が、『美しき諍い女』以外あまり日本で一般公開されてこなかったのは、ヌーヴェルヴァーグ全盛期に製作された作品が短編が多かった事があげられる。そしてそれ以降の作品のほとんどが長尺というのも、一般公開への道を閉ざした原因の一つだ。ヌーヴェルヴァーグ作品に対する耐性の無い観客にとっては、一種の苦行といっても過言ではない。1960年に発表した処女長編『パリはわれらのもの』(61)に続くアンナ・カリーナ主演作『修道女』(66)は、一時期反宗教的という理由で上映禁止措置をとられ、1969年に発表した『狂気の愛』(69)では上映時間が4時間12分、1971年に発表した『アクト・ワン』(71)は、12時間40分という映画史に類をみない長尺の作品に仕上げ、長らく日本では劇場未公開であったが2008年の回顧上映でついにスクリーンで上映された。『美しき諍い女』のヒットを受け、80年代のリヴェット作品が劇場で公開されるようになったのは、90年代に日本の映画界に巻き起こった空前のミニシアター・ブームの恩恵である。

 90年代にはサンドニール・ボネールを起用した全2部作の完全版『ジャンヌ・ダルク/Ⅰ戦闘Ⅱ牢獄』(94)では堂々5時間38分という超大作を発表。その飽くなきヌーヴェルヴァーグ精神は衰えることなく、『恋ごころ』(01)がカンヌ映画祭、『ランジェ公爵夫人』(07)がベルリン国際映画祭、そして遺作となった『ジェーン・バーキンのサーカス・ストーリー』(09)がベネツィア国際映画祭に出品されている。15年ぶりに父に呼び戻されて帰ってきたサーカス団の娘ケイト(ジェーン・バーキン)と、旅の途中で出会ったヴィットリオ(セルジオ・カステリット)。彼女にひかれたヴィットリオはサーカス団を訪れ、彼らの生活になじんでゆく。やがて彼女が何故サーカス団を去った理由を知ることになる……リヴェット最後の作品は、84分という上映時間の小さなラブストーリーだった。

 80才を超えても積極的に映画製作を行っていたリヴェットの死によって、ヌーヴェルヴァーグに関わった映画作家は今も作品を発表し続けているゴダール、そしてアニエス・ヴァルダ、アレクサンドル・アストリュック、等一握りの作家だけになってしまったが、その精神はゴダール信者のタランティーノや、トリュフォー信者のキャメロン・クロウなどハリウッドの第一線で活躍するフィルムメイカー達の心に深く根付いている。

■鶴巻忠弘
映画ライター 1969年生まれ。ノストラダムスの大予言を信じて1999年からフリーのライターとして活動開始。予言が外れた今も活動中。『2001年宇宙の旅』をテアトル東京のシネラマで観た事と、『ワイルドバンチ』70mm版をLAのシネラマドームで観た事を心の糧にしている残念な中年(苦笑)。

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