成馬零一の直球ドラマ評論『いつ恋』第六話
『いつ恋』が浮き彫りにする、男たちの弱さーー5年の月日は練たちをどう変えた?
一方、音は練と再会する。練の会社をネットで検索すると、生活に困っている若者を食い物にする悪徳派遣業者だ、という悪評ばかり。心配した音は会社の住所を尋ねる。
音と練が親密になっていく過程を丁寧に描いてきた本作だが、その際に繰り返し描写されたのは、音が振った世間話に練がのっかることで二人だけの世界ができあがっていく様子だった。しかし、今の練は音の会話にまったく乗ってこない。それどころか、引っ越し屋さんという音の呼び方を否定し「何屋さんですか?」という質問に対しては「曽田です」と苗字を言うだけだ。
しかし、そんな練の姿は、変わってしまったというよりは、昔の自分に戻らないように、何とか音を遠ざけようとしているように見える。彼が本当に変わったのなら、投石が飛んできて窓ガラスが割れた時に、音をかばったりしないだろう。あるいは、「ありがとう」とピンハネした若者から言われた時の複雑な表情。環境も外見も変わったのに練の内面は変わっていないのではないか。むしろ職業上の役割を過剰に演じようとしていることの痛々しさが伝わってくる。
坂元裕二が脚本を担当した『Woman』(日本テレビ系)の中に、思い出の父を美化する一方で、実は父に暴力を受けていた母親を責める主人公に対して腹違いの妹が「星が綺麗だなって言いながら、足元の花踏みまくってる人のパターンでしょ」と責める場面がある。星と花の対比は本作でも朝陽と練の違いとして現れている。
社内で出世して父に近づくことで、弱者への優しさを少しずつ見失いつつある朝陽と、貧困の若者から搾取する派遣業で働きながらも、迷いを隠すことができない練。空に輝く星が好きな朝陽と、地面に咲く花が好きな練とでは、同じ優しさでも目線の高さがまったく違う。そんな二人の弱者に対する距離感の違いが、ここに来て明らかとなった回だった。
参考1:『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る
参考2:『いつ恋』第二話レビュー “街の風景”と“若者の現実”が描かれた意図は何か
参考3:『いつ恋』第三話レビュー 先が予想できない“三角関係”をどう描いたか?
参考4:東京はもう“夢のある街”じゃない? 『いつ恋』登場人物たちのリアリティ
参考5:『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に? 脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■ドラマ情報
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
2016年1月18日(月) 21:00~放送開始
出演者:有村架純、高良健吾、高畑充希、西島隆弘、森川葵、坂口健太郎
脚本:坂元裕二
プロデュース:村瀬健
演出:並木道子
制作:フジテレビドラマ制作センター
公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/itsu_koi/index.html