『ヘイトフル・エイト』美術監督・種田陽平インタビュー
『ヘイトフル・エイト』美術監督・種田陽平が語る、タランティーノの撮影術「彼は巨匠になった」
「丸の内ピカデリーとか大きなスクリーンの劇場で観てもらいたい」
ーー70mmで撮るということで、プロダクションデザインにも影響はありましたか?
種田:僕はまずメインセットをスケッチするんですけど、最初、いつも通り1:2.35のシネマスコープサイズで描いていた。それで、そのスケッチを撮影のボブに見せたら、「陽平、違うんだよ。70mmは1:2.35じゃなくて、1:2.75なんだよ」って言ってきたんです。そのサイズにするために、描き足したりした。ジブリでアニメの仕事をした時に、黒紙でフレームを作って、それをスケッチに当ててサイズ感を知るというのを覚えたので、今回は70mmサイズでその黒紙を作ったんです。そこから、絵のプレゼンをするのも何をするのも、全部それに切り替えて、監督にもその黒紙を使いながら説明していきました。
ーーなるほど。
種田:70mmの話をすると映画ファンにしか分からないみたいになっちゃうけど、この映画を観たら誰しもが普通の映画とは違うなって思うはずなんですよ。日本には70ミリの映画館がもうない。だから70mm上映では観れないんですよ。せめて、みなさんには、丸の内ピカデリーとか大きなスクリーンの劇場で観てもらいたい。そうすると、オリジナルの雰囲気が分かるから。ロードショーっぽい劇場で観ると、本来のクエンティンがやりたかった世界が分かる。しかも普通は、『ドクトル・ジバゴ』とか『アラビアのロレンス』みたいな、山だの川だの町だの、いろんなシチュエーションがある時に、70mmというのは最高で、密室劇には本来あまり向いていない。じゃあ何で70mmなんだって思うでしょ?
ーーそうですね。
種田:ところが僕、わかったわけですよ。なぜ70mmで撮ったのかということが。70mmって、フィルムもレンズも、ピントはもちろん合うんだけど全てには合わないんですよ。デジタルとか今のカメラと違うんです。でも70mmは、顔にピントを合わせようとすると、周りがボケボケになって、しかも幅が広くて端と端でレンズ間の距離が違ってくるから、そのボケ具合も変わってくる。だから、カットによっては見た目と全然違う空間に撮ることができる。繋がったものを観た時にようやくそれが分かった。あと、普通は70mm用にセットをデカく作りがちなんだけど、監督が「デカく作らないでくれ。小さくしてくれ」と言うから、15m×15mの小さいセットを作った。そこに70mmなもんだから、あるところにはフォーカスがくるけど、あるところではフォーカスが効かないわけですよ。しかもライティングがすごく難しくて、撮影監督はすごく工夫している。そうすると、あるカットでは椅子がハッキリ分かったり、あるカットではピアノがハッキリ分かったり、あるカットではキッチンがハッキリ分かったりするから、ほとんどのできごとがミニーの店の中、それもワンルームに近い空間で起こるのに、空間に多様性があってお客さんは観ていて飽きないとなるわけです。
ーー確かにワンルームとは思えないほど映像のバリエーションがたくさんありました。
種田:普通の機材であれをやっていたら、たぶん20分ぐらいで「どこ撮っても同じだな」となってしまう。つまりお客さんは飽きてしまう。ところが、ライティングもワンカットごとに変えていて、70mm撮影の特性を生かして撮っているから、時には空間がすごく広く映るし、時には人物や家具などがすごく近くに見えるし、もうバラバラで多様なわけです。だから、「あれひとつのセットじゃないですよね? セットがいくつもあって、いろんなセットで撮ったものを混ぜてますよね?」とハリウッドの取材陣にもすごく聞かれたんです。正確に言うと、山の中に作ったセットと同じものをハリウッドのスタジオに作っているから、2つのセットなんだけど、基本的に同じセットなわけです。でも、そうは見えなくて、つまり最後まで飽きない。僕自身も最後まで全然飽きなかった。それは、(黒紙でつくった枠を指して)コイツ、つまり70mmのワイド画面のおかげだったんですよ(笑)。
ーーなるほど(笑)。セットを作るのにもかなり苦労されたんじゃないでしょうか?
種田:本当は、ちょっとパーテーションがあったり、廊下があったり、凹凸があったりしたほうが、空間的には面白いんです。でも、監督が「みんなが見えるようにしたい」と死角を作るのを嫌ったから、高低差もつけないワンルームにして。普通だったら、前菜が出て、スープが出て、肉が出て……となったほうが、美術的にはゴージャスで楽しめるんですけど、そういうのが一切ない。一杯のラーメン丼ぶりの中にすべての宇宙がある、みたいなやり方ですよね。『キル・ビル Vol.1』の時なんかは、何でも「いいね! いいね!」とフルコース状態だった。でも今回は、「椅子の高さがちょっと低いな」とか、「このボトルがちょっと邪魔だからこっちと変えるか」というように、監督自身が自分でラーメンの中のチャーシューの位置を直したりする感じだったから、逆にすごく難しかった。監督は自分が役者に乗り移っちゃうタイプだから、役者が入る前にセットで1時間ぐらい役者を演じるんですよ。「みんな出て行ってくれ」ってセットから全員出しちゃって、1人で部屋に入るところから芝居をやるんです。彼はその人物になりきって、あらゆるものをチェックする。見た目でやっているんじゃないんですよね。「このテーブル、ちょっと低いからもうちょっと高くしてくれないか」とか。リハーサルの時にテーブルも椅子も全部置いて、位置確認を何度もやって。だから今回の作品はそういう意味で言うと、舞台劇に近いかもしれないな。それを70mmで撮っているから、舞台では見れないような、ひねりが加わった作品になっていると思います。
(取材・文=宮川翔)
■公開情報
『ヘイトフル・エイト』
全国公開中
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
音楽:エンニオ・モリコーネ
美術:種田陽平
出演:サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンス、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン
配給:ギャガ
原題:The Hateful Eight/2015/アメリカ映画/168分
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公式サイト:http://gaga.ne.jp/hateful8/top/index.html