『ヘイトフル・エイト』美術監督・種田陽平が語る、タランティーノの撮影術「彼は巨匠になった」

種田陽平、タランティーノとの撮影を振り返る

「クエンティン(・タランティーノ)は巨匠監督になっていた」

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クエンティン・タランティーノ監督 (c)Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

ーー13年ぶりにタランティーノ監督と仕事をしてみて、どうでしたか?

種田:『キル・ビル Vol.1』の頃は、たぶん彼は39歳か40歳で、もう既に有名だったから若手監督ではないけど、まだ若手監督っぽいノリも残っていた。でも今回、本人の態度もそうだけど、周りの扱いも少しだけ巨匠監督になっていて。日本だと、バラエティ番組に出たり割とコミカルな印象だけど、あれは彼なりのサービス精神からやっていることで(笑)、そういう人じゃない。確かに巨匠になっていて、ビックリしもしたし同時に、とても嬉しかった。「あのオーソン・ウェルズみたいになってるな」という感じだった。僕、巨匠は好きなんですよ。新人監督ってどの時代もいっぱい出てくるし、才能がある若手もいるんだけど、新人監督が巨匠になることって、あまりないですよね。中堅まではいくけど、巨匠までいく人は現代では少ないわけです。でも、それは個人の資質というより、やっぱり今の映画界の実情だと思うんです。昔はハリウッドにも、フランスにも巨匠監督がごろごろいた。日本にだって、黒澤明、溝口健二、小津安二郎とかがごろごろいたわけだから。だから、クエンティンが巨匠になってきたというのは、僕には嬉しいことでもあるんです。

ーー13年前と変わっていないところもありましたか?

種田:ご機嫌になると大笑いしちゃうようなところ。そこは同じでしたね。役者のお芝居が面白く決まったりツボにはまると、カットの声を掛ける前にゲラゲラ笑っちゃう。「今のはすごい面白かった! じゃあもう一回やってみよう!」みたいな。たいしておかしいシーンじゃなくても(笑)、ご機嫌で撮影を続けていく感じ。そんなところは、13年前と全く変わっていなかったですね。

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種田陽平

ーーじゃあ撮影時間も長くなりますよね。

種田:長いですよ。でも、モニター前で「カット!だめだよ、もう1回!」みたいな感じじゃないから、過酷って雰囲気ではない。役者のすぐそばでゲラゲラ笑いながら、「いやー面白かったよ! でももう1回」みたいな感じだから、役者もピリピリしない。端から見るとクレイジーかもしれないけど、その場にいるとすごく楽しい雰囲気ですよ。OKでも、もう1回撮ろうとするのは、俺たちは映画作りが好きだ、映画を撮影するのが好きだということだから、理にかなってるんですよ(笑)。

ーー何か撮影時の裏話とうか、印象的なエピソードはありますか?

種田:いっぱいありすぎて困るくらい(笑)。アメリカで報道されていたけれど、映画の中でジェニファー・ジェイソン・リーが弾いている、アンティークの超高価なヴィンテージギターを、カート・ラッセルが壊しちゃったっていう話。僕が聞いている話と報道されている話では内容が少し違うかもしれないんだけど。ジェニファーは、そのギターが1800年代のアンティークものだということを知っていて、ずっとそのギターを大切に扱っていたそうです。そのことは、助監督も知っていて、本番で唄い終わってカットの声が掛かると、壊す用のギターに変えて、そのギターを壊すという段取りになっていた。でもクエンティンがそれを知らなくて、カットっていう声を掛けなかったんです。カットが掛からなかったから、カート・ラッセルもそのまま芝居を続けちゃって、壊す用のギターに変えずにアンティークのギターをそのまま壊しちゃった。映画の中でジェニファーが「ギャー!」と叫んでいるけど、あれは本物のリアクション(笑)。それでみんなでその壊れたギターの破片を拾い集めて、監督、ジェニファー、カートが全員でサインをしたらしいです。『ヘイトフル・エイト』で壊されたアンティークギターということで、博物館が展示しているようですよ。そのシーンにも注目して観ると、また面白いと思います(笑)。

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ジェニファー・ジェイソン・リー (c)Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

ーーすごいエピソードですね(笑)。あと、今回の作品は全編70mmフィルムで撮っているということも話題になっていますが、種田さんは70mmで撮ると聞いた時、どう思いましたか?

種田:聞いた時というか、もう台本の1ページ目に「70mmの大画面」って書いてあるわけです。そこから入るわけですからね。「70mmの大画面に広がるワイオミングの広大な山々」と書いてあり、70mmなしではこの映画はないという感じですよ。それも1回だけじゃなくて「またも70mmの大画面に…」ってもう何度も書いてある(笑)。台本にも、ティザーポスターにも、あらゆるところに「70mmシネマスコープ」って入ってる。今回は、まず一緒に70mmの『ベン・ハー』を観に行ったりとか、そんなとこから始まったりもしていて、70mmに対するこだわりがすごいわけですよ。

ーーなぜそこまで70mmにこだわっていたんでしょうか?

種田:そのこだわりはたぶん、彼が幼少時代に70mm映画を観に行った時の思い出や感動があるからだと思いますね。ドームで観たんだと言っていたから、シネラマドームかな。当時、そこで『ドクトル・ジバゴ』とか『アラビアのロレンス』とか『サウンド・オブ・ミュージック』とかが上映されていて。でも、クエンティンは、本当に70mmで全編撮ったのは、60年代の『おかしなおかしなおかしな世界』が最後なんだと言っていて、全編70mmで撮ることにすごくこだわった。彼の原体験に基づいているわけですよ。今のシネコンなんてクソ食らえだ、ロードショーじゃなきゃダメなんだ、それが本来の映画館のスタイルなんだって。僕もほぼ同じ時代に同じ映画を観て育ったけど、アメリカ人の彼にとっては、僕たち以上にロードショーで70mm映画を観たという幸福な記憶が強く焼き付いているんですよね。

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