手紙を“誰にでも必ず”届けられるとしたら? 小説『月野郵便、今宵も配達中』人の想いを繋ぐ壮大な幻想譚

 遥か昔から人々が見上げてきた月。満月に祈りを捧げたり、遠く離れた誰かと同じ月を眺めたり、月の下で語り合ったり。『月野郵便、今宵も配達中 ~あなたの大切なものお届けします~』(百川凛/マイクロマガジン社)は、そんなロマンスと幻想の象徴である月をテーマにしたファンタジー小説だ。

 舞台は、月に向かって心から祈った者のみが案内される“月野郵便局”。ここでは、どんな相手にでも必ず手紙や荷物を届けることができる。住所や名前のわからない相手はもちろん、あの世の人間すらその対象だ。月の光に導かれた依頼人たちは、誰かへの大切な思いを抱え、郵便局の扉を叩く――。

 本作は四編で構成されており、前半三編ではさまざまな依頼人たちのハートフルなストーリーが描かれる。自身の背負った運命のせいで愛する人との未来を諦めた男、亡き祖母から届いた手紙によって家族の真実を知る女性、命の恩人の大切なものを隠そうとする猫……。依頼人は全員が特別な事情や秘密を抱えていて、読み進めるにつれてそれが徐々に明らかになっていく。

 詳細は控えるが、中には、この温かい作品の雰囲気から想像もできないほど重たい過去が明らかになることもある。しかし、よくよく読み進めていくと、根っからの悪人は一人もいないことに気づく。どの登場人物も、根底にあるのは“誰かを思う優しさ”なのだ。だからこそ、誰もが安心して読み進められる温かさが感じられ、同時に涙腺を刺激してくる。人と人との繋がりと感情を丁寧に描き、穏やかな読後感を残す本作は、ことのは文庫らしい優しさの詰まった一冊といえるだろう。

 また、物語を彩る小物の使い方も印象深い。すみれの髪飾り、花柄のレターセット、極楽堂の白椿饅頭、春のいなり弁当、ハナミズキのハーバリウム。どれもただ可愛らしいだけではなく、登場人物の思い出や感情を映すモチーフとして活きている。こうした細やかなアイテムの存在もまた、作品全体の優しく穏やかな空気を生み出している要因の一つなのだろう。

 一方で、最終話の「月夜の咎人」は、本作の中でかなり異質な存在だ。この話では、“月野郵便局”が誕生したきっかけが明らかになる。局長である月野は、実は月人と人間の間に生まれ、月の都で不当な扱いを受けながら育った存在だった。月人と人間の恋が禁じられた世界で、妹の恋を叶えるために密かに手紙を運び続けたという過去が、「誰かの思いを届けて繋ぐ郵便局」へと繋がっていったのだ。

 この話で特に惹かれたのが、月の都の世界観だ。月と地上では時間の流れが異なり、月での十日間が地上では二年に相当することをはじめ、月夜見山という二つの世界をつなぐ場所や、横笛で呪術を操る月人が存在するなど、和風ファンタジーらしい幻想的な設定が濃密に描かれる。中でも、とある人物が牛車に乗って月から地上へ降り立つ終盤の場面は、本作を象徴するような美しいワンシーンだった。前半のハートフルなストーリーから、月の都を舞台にした壮大な幻想譚へとスケールを広げる展開には、思わず引き込まれる。この世界の物語をさらに読んでみたくなる魅力があった。

 祈りの象徴である月と、誰かを思う気持ちを託す手紙。その二つを結び付けた、非常にロマンティックな小説だった。スマートフォンを使えば一瞬で言葉を届けられる現代だからこそ、たまには画面から少し離れ、夜空の月を見上げながら、大切な誰かに向けた手紙を書いてみたくなる。そんな温かい余韻が胸に残った。

◾️書誌情報
『月野郵便、今宵も配達中 ~あなたの大切なものお届けします~』
小説:百川凛
イラスト:佳奈
価格:792円(税込)
発売日:7月21日
出版社:マイクロマガジン社(ことのは文庫)
特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/tsukinoyubin/

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『月野郵便、今宵も配達中 ~あなたの大切なものお届けします~』(百川凛
/ことのは文庫)

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