町田そのこ × 瀬尾まいこ「8年かけて感情が変わった」理由とは? 『蛍たちの祈り』刊行記念トークレポ

町田そのこ『蛍たちの祈り』(東京創元社)

 小説家・町田そのこが2025年7月18日、新刊『蛍たちの祈り』(東京創元社)を上梓した。山間にある小さな町で自分の居場所を求める人たちのささやかな祈りを描いた、心震える群像劇だ。初出から8年を経て、作者自身の心境の変化とともに大幅に改稿したというドラマもある。

 この新刊の発売を記念し、友人の作家・瀬尾まいこをゲストに招き、大阪にある未来屋書店 四條畷店にてトークショー&サイン会が開催された。観客は事前に質問を記入し、それらを読み上げながらQ&Aスタイルで進行。『蛍たちの祈り』の執筆背景や小説を書くうえでのこだわりなどを語り、終始なごやかでありながらも白熱した雰囲気に包まれた。

蛍が放つ光のはかなさは、人の祈りに似ている

向かって右:町田そのこ氏 左:瀬尾まいこ氏

―― 『蛍たちの祈り』というタイトルには、どのような想いを込められましたか? “祈り”という言葉に、どんな希望や痛みを託されたのかをお訊きしたいです。

町田そのこ(以降、町田):蛍はわずかな日々だけ生きて、消えてゆくんですよね。そして水が汚れている場所では生息できない。そんな儚い光が「人の祈りにも似ているな」と思って、このタイトルにしました。

瀬尾まいこ(以降、瀬尾):タイトルはすぐに決まったんですか?

町田:完成原稿を読み返しながら、「この物語が伝えたいことは何だろう」と必死で考えて、つけました。私、いつもタイトルをなかなか決められないんですよ。何十個も考えて、それでも新刊を出すギリギリまで決められないんです。ただ今回は、いくつかの候補のなかから「これだろう」と、強い気持ちで決めました。

瀬尾:うつくしいタイトルですよね。プルーフ(見本刷り)で第1章を読ませていただいたんですが、ぐんぐん引っ張られた。原形の短編の初出は8年前だったんですね。だからなのか、文章はブラッシュアップされているのに、デビュー当時の町田さんの作品の雰囲気もあって、どちらも楽しめる。

「ミステリを書かなきゃいけない」という焦り

―― 『蛍たちの祈り』では登場人物の視点が変わりつつ、大きな一つの物語が進む展開がとてもおもしろかったです。どういうきっかけでこのお話は生まれたのでしょうか?

町田:「ミステリを書かなきゃいけない」というプレッシャーからでした。「女による女のためのR-18文学賞」を受賞したとき、選考委員の辻村深月さんが「この人はミステリが書けるんじゃないか」と勧めてくださったことをきっかけにミステリの専門誌から依頼がきたんです。「ミステリって何だろう」と模索しながら書きました。

瀬尾:私も町田さんの作品にはミステリの要素があると思う。『ドヴォルザークに染まるころ』(光文社)を読んだとき、「次どうなるの?」とドキドキしながら読んだもの。事件が起きるわけじゃないんだけど、「これは伏線なのかな」と考えながらページをめくりました。

町田:それまで意識していなかったから、いざミステリを思うと、肩ひじ張って書いてましたね。8年経って、当時の文章に残っていたそういう力を抜いたり、ゆるめたりしながら書きなおしていきました。

「自信のなさ」と向き合い、周囲への思いが変わった

―― 『蛍たちの祈り』は圧巻でした。ご自分の若い頃を反映していますか。

町田:私はいまも昔もずっと、九州で暮らしてます。のどかな田舎です。当時の私は自分に自信が持てなくて、「私がこんなところでくすぶってるのは環境のせいだ」と周囲を恨んでしまうこともあって。『蛍たちの祈り』の1話と2話を書いたときも、担当編集さんから「田舎町を焼く勢いですね」と指摘されたくらい、僻みっぽかったです。

 それは自分の自信のなさの裏返しなんですよね。作家としてデビューして、読者の皆さんや、周囲の方に励ましていただいて、少しずつ自信が持てるようになった。すると、周りの風景が違うふうに見えてきました。

瀬尾:どんなふうに変わりましたか?

町田:「自分に自信がないから、他人に攻撃的だったのかも」「周りの人もそうだったのかも」と気がついたんです。徐々に棘がなくなるというか、『蛍たちの祈り』の終盤を書き進めているあいだに、自分自身が抱いていた恨みも消えていきました。

瀬尾:書いているうちに作者自身が変わっていったんですね。

町田:一人一人、その人なりの事情があることにも気づきました。「周囲のことが見えていなかった自分」「自信がなかった自分」と向き合ったのが、中断していた物語の続きを書くきっかけになったのかもしれないです。

あえて自分が不安になる言葉から書き始める

――小説の構成はどのように作りますか。細かい設定まで決めて書くのでしょうか。

町田:設定や展開はまったく決めないです。長編小説でも、プロット(物語の筋)は3行くらいしかないですね。一つだけこだわっているのは、最初の1行だけ「こんな行から物語が進んで、果たして無事に着地するのか」と自分自身が不安になる言葉を使うこと。筆者である私が「だいたいこんな感じだろう」と予測しながら書くと、読者を楽しませることはできないと思うので。

瀬尾:書く側にもドキドキ感が重要だよね。

幼少期から活字中毒で文字がないと不安だった

―― 幼い頃どのようなお子様でしたか。執筆のきっかけを教えてください。

町田:幼い頃から文字中毒、活字中毒でした。家族で食事しているときも、卓上にあるソースの原材料を読んでいたぐらい。

瀬尾:えっ! おもしろいと思って読んでいたの?

町田:無意識で(笑)。本や新聞を読むのも大好きで、何か読んでいないと落ち着かない。入浴中はバスクリンやシャンプーの容器に書いてある成分表を読んでました。親からは「ろくな大人にならない」と心配されていましたね。

瀬尾:確かに、ちょっと怖いかも(笑)。子どもの頃から文章は書いていたの?

町田:小学生の頃は、架空の小説の登場人物紹介と相関図を書くのが好きだった。小学校6年生になる頃には、本気で将来は小説家になりたいと決めていたかな。

瀬尾:早い! 日記はつけていた?

町田:日記は書かないんです。自分の日常はぜんぜんおもしろくないから、書いてもつまらなくて。

瀬尾:私も同じで、日記は書かない。空想するのが楽しいんだよね。私も読書が好きな子どもで、『やかまし村の子どもたち』『おちゃめなふたご』など児童文学を読んで、想像を膨らませていました。空を飛ぶ鳥を見ては「あの子ら、どこの学校に通ってはるんやろう」と考えたり、地面を歩くアリを見つけたら「このあと、どんな用事があるんやろう」「誰と誰が友達なんやろう」と気になったり。

町田:映画やアニメの最終回の続き、考えなかった?

瀬尾:考えた考えた!  オリジナルストーリーを作ったね。

長編小説は小さな物語の積み重ね

―― 自分でも小説を書いているのですが、短くなってしまいます。どうすれば長く書けるようになりますか。

町田:まずは無理せず、短編でいいんじゃないかな。私は連作短編が好きなんです。『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮文庫)だと、ある短編の主人公が、別の短編では脇役になって数行だけ出てくるという試みをやっているんです。そういうふうに、小さな物語を積み重ねて長編にする方法を試してみるといいかも。

瀬尾:そうですよね。長く書くことが目的になると冗長になるから、ショートショートを積み重ねてゆくとよいですよね。

町田:マラソンを走り切るには、体力が大事。私が初めて書いた長編は『52ヘルツのクジラたち』(中公文庫)だったんですが、その前に短編をたくさん書いて、自分の技術を上げることに挑戦したんです。

瀬尾:読むのも同じで、長編を読むのが苦手な人は短編から読むといいですよ。

 その他にも「もし生まれ変わるとしたら何になりたいですか?」「会えないのに会いたい人はいますか?」といった様々な質問に、町田と瀬尾が真摯に、時に冗談を交えながら答え、和やかなイベントとなった。途中、町田がしゃがみこんで爆笑し涙する場面も。

 質問と合わせた感想の中に「今そこにある現実の苦しさを描きつつも、かすかながら確かに光る希望を描いた物語に救われました」という言葉も多く聞かれた。

 蛍一匹が灯す光はとても小さく、はかないものかもしれない。その小さな光が、読者をやさしく包むことができるのも小説、読書の魅力ではないかと再発見する時間になった。あなたも、この光に照らされてみてはいかがだろう。

■書誌情報
『蛍たちの祈り』
著者:町田そのこ
価格:1,980円
発売日:2025年7月18日
出版社:東京創元社

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