『きみの色』コミカライズ版から伝わる「人が色で見える」感覚ーー小説版とともに映画の解像度を上げる力作

 『映画 聲の形』や『リズと青い鳥』を手がけてきた山田尚子監督のオリジナル長編アニメ『きみの色』が8月30日から公開中だ。

 長崎を舞台に2人の女子と1人の男子が出会い、バンドを組んで演奏するストーリーの中に、それぞれが抱えた青春ならではの悩みや思いが描かれ、近い世代の人たちの心を刺激する。映画では淡々と進む展開の中でセリフや表情から感情を探っていけるが、『燐寸少女』の鈴木小波が描いたコミカライズ版『きみの色』(原作・「きみの色」製作委員会、KADOKAWA)を読むと、作品の世界がもう少し広がって、登場人物たちの過去や心情にぐっと迫ることができる。

 カトリック系の女子校に通う高校生の日暮トツ子は、人が「色」で見えてしまう不思議な感覚と共に生きてきた。多くは色が入り混じって見える感じだったが、同級生の中にきれいな青色をした女子生徒がいて、トツ子はずっと目を奪われていた。作永きみという名で、高校では成績優秀で生徒会の仕事をこなし聖歌隊の面倒も見る活躍ぶりで、生徒からも教師からも慕われ信頼されていた。

 トツ子と友人ということではなく、ただ眺めて憧れるだけの存在で、体育のドッジボールできみが投げたボールを受け損なって倒れたトツ子を心配し、駆けつけた時くらいしか話したことはなかったが、その一件の後、きみの姿が高校から見えなくなってしまう。突然辞めてしまったらしい。トツ子はもう1度きみに会いたいたいと、本屋で働いているという噂を元に街の本屋を回ってそして、1軒の古本屋のレジでギターを弾いていたきみを見つけ出す。

 喜びながらも慌てたトツ子は、ごまかそうとして手近にあったピアノの教本を差し出す。ピアノをやるんだときみに聞かれ、逆にきみがギターを弾いていることを聞き返していた2人のところに、店内にいた見知らぬ男子が、「もしかしてバンドをやってるんですか?」と声をかけてきた。そこでトツ子は唐突に、「実は今、バンドメンバーを募集中で、よかったら私たちのバンドに入りませんか」と言い出す。

 映画の予告編にも登場していたこのシーンから、なぜか「やりたい」と即答したきみと、声をかけてきた影平ルイという男子を入れた3人で、バンドを作っていっしょに練習し、高校の文化祭のようなイベントでステージに立って演奏するというストーリーが始まる。映画ではこのあとすぐに、トツ子ときみがいっしょにルイが暮らしている島へと向かうフェリーに乗っているシーンに続くが、コミカライズ版『きみの色』はここから時間が巻き戻る。

 まずは、作永きみという女子がどのような感情を抱えて毎日を送ってきて、そしてどうして高校を辞めてしまおうと思ったのかが描かれる。聖歌隊で活躍して誰からも慕われ、祖母と同級生だった校長から聖歌隊を頼みますよと期待されていたきみ。試験も常に満点で、ヤマを外してしまったと言ってもそれでも満点を取れると思われているような立場を、いつしか重いと感じるようになっていた。

 もう自分に期待しないで。そんな思いが弾けて高校を辞めてしまったものの、何がしたいんだろうと思いひとり悩んでいたところに現れたトツ子が、突然バンド結成の話を言いだし、それにルイも乗ってきたことで、もう1度やり直せるかもしれないと思って「やりたい」と言ってしまった。押しつけられる期待に応えているだけでは潰れてしまう。そうではなく、自分から何かに挑戦することで逃げてしまった場所から戻ろうとした。そんなきみの心情をうかがえる。

 そしてルイ。彼は島でたった1軒の医者を継がなくてはならないというプレッシャーを受け止めつつ、興味のある音楽にも手を出してみたいと思い続けていた。塾で街まで出たついでに中古の楽器を物色し、きみが働いている「しろねこ堂」にはレコードを探しにやって来た。そこでギターを弾いているきみを見て興味を持ったルイは、トツ子との間で繰り広げられていた音楽についての話にたまらず声をかけて、思いもよらなかったバンドメンバー募集の話が出て乗ってしまった。

 期待の重さを受け止めきれず逃げてしまったきみ。期待に応えつつ他のことも試してみたいと迷っていたルイ。そんな2人が今の居場所から踏み出すきっかけが、ベストなタイミングで繰り出されたということが、コミカライズ版の構成からうかがえる。

 だったらトツ子は、どうしてあの場でバンドメンバー募集中などという、ありもしないことを口走ったのかが気になるところ。そこは、ルイが瑞々しい緑色をしていて、きれいな青色のきみと合わさって素敵な光景が見えたことで、もっと浸っていたいと思ったようだ。

 映画からもそうしたトツ子の心情は伺えるが、基本モノクロの漫画でそこだけ緑色になるルイと、青色になるきみの絵が、色の持つきれいさを強く感じさせ、色で世界を見ているトツ子の気持ちに近づけてくれる。このあたりは、佐野晶による『小説 きみの色』(宝島社文庫)では「もしきみの青と緑の人の"色”に囲まれて音楽を奏でられたら、それは最高の気分になるはずだ」と綴られ、トツ子の心情を明快に理解できる。

 漫画は「木漏れ日の青空」という言葉が添えられているだけだが、この例えがかえってトツ子の抱いた心情を、ダイレクトに感じさせて、もっと浸っていたいという気にさせる。映画、小説、漫画という異なる表現形式を持った媒体で、どのように描けば伝わるのかを考えさせてくれる部分。可能ならそれぞれに触れて、違いを感じてみると面白い。

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