書物という名のウイルス 第7回

感覚の気候変動――古井由吉『われもまた天に』評

確信的な愚行によって《感覚の気候変動》へ

 古井由吉の遺作となった『われもまた天に』には、未完の遺稿も含めて、四篇の小さな作品が収められている。巻頭の「雛の春」は「二月四日は立春にあたった。年末から空気は乾ききり、その日も風の冷たい晴天となったが、立春と聞けば心なしか、吹く風も芯がぬかるんでいるように感じられた。午前の十時から、また入院の身となった」と書き出される。冷たく乾燥しきった環境に、ぬるい春の水気が感覚の亡霊として忍び込む――このような気象的なトランジット(乗り継ぎ)の地点が、本作の舞台として定められた。

 古井の小説の常として、そこには物語的というよりも随想的な認識が書き連ねられている。あえてそのテーマをあげるとしたら、それはミクロな遷移がもたらす自我の剥離である。

 そのありさまを私なりにつたなく「翻訳」してみよう。気候が移ろうとき、その気配に背中を押されてふわりと浮かび上がる魂の感覚もあれば、そこにとどまろうとする身体の感覚もある――そのとき自我の半身が前のめりにすべり落ちてしまうというのが、古井的な「剥離」の光景だとひとまず言えるだろう。あるいは逆に、常に動き続けている人間にとっては、時間がふと静止すると、魂は行き場を失って迷宮に入り込んでしまうだろう。例えば「雛の春」では、旅先の宿での心象が次のように記されていた。

若い頃ならともかく、人生のなかばをまわり、何かにつけて衰えを覚えさせられるようにもなれば、慣れた旅でも、いや、毎度の旅ならなおさら、その途中の宿の夜に、時間が停まったようになり、ここまでひたすら背を押しまくってきたのにこれはいまさらどうしたことかとあやしむにつれて、どことも知れぬ所へ置かれたようになり、出がけに家の内を心遣りのように見まわした自身の影が見える。

 家であろうと宿であろうと職場であろうと、そこが本来自分のいるはずのない場所だと不意に感じられて、はっとしたりぞっとしたりする瞬間は、誰にでも覚えがあるのではないか。魂は自らがどこから来てどこに行くのか、永遠に知ることができない――この不穏な認識がせり上がるとき、自我はまとまりを失って、無数の「影」へと散らばってゆく。古井の小説は時の尺度を変えることによって、まさに「どことも知れぬ所」へと読者を導くのである。

 さらに、2019年に書かれた表題作の「われもまた天に」――ニコラ・プッサンの絵画にも描かれる《われもまたアルカディアにありき》という文句を踏まえたタイトル――においては、心のありさまと天のありさまが照応関係に置かれる。天候をレンズとして心の深みに入っていこうとするその文章は、五月に雹が降るという異常気象に始まり、悪疫と飢饉の予感を経て、駅の出口を間違えて道に迷った出来事へと到る。

地下鉄の駅から店へ行く道は、今までに歩いたことがない。地下鉄の駅から家に帰る時にはもっぱら大通りの北側をたどった。店への道も大通りの南側の道も、どちらも知らぬ道なのに、疑いを追っ駆けて確信がまさる時、あるはずもない既知感に、まるで正しい道をたどっている証かしのように導かれていたようだ。正しいという感覚はなかなかの曲者だ。年のせいの昏迷もあるだろうが、しかし若い頃から、間違った道をわざとずんずんと遠くまで来てしまったそのあげく、呆然として立ちつくすことが、くりかえしあったように思われる。

 古井は前作の『この道』から本書にかけて、存在のあり方を「道を歩むこと」として翻訳した。このことは、人間の実存を、何事かへの途上にある脱自的な「途上存在」(Unterwegssein)と見なしたハイデガーを思わせる。ただし、古井の小説を特徴づけるのは、ハイデガーのような深遠な存在論ではなく「間違った道をわざとずんずんと遠くまで来てしまった」という、いたずら少年のような愚行である。この間違った道では、ちょうど異常気象と同じく、起こるべきことが起こらず、起こるはずのないことが起こる。古井はその確信的な愚行によって、いわば《感覚の気候変動》に近づこうとしていた。

 それにしても、起こったことがまるで起こらなかったかのように感じられるというのは、それ自体が危機の兆候である(※)。惨事が起こっても、それを感覚につなぎとめられなければ、あるいは無感覚・無感動でやり過ごせば、起こらなかったことと等しくなる。逆に、起こらなかったことをまるで起こったかのように強く感じるとき、不安や恐怖を伴う妄想がとめどなく膨張してゆくだろう。何が起こっても起こったことにならず、起こってもいないのに起こったことになる――このような感覚のトラブルは、今や古井の文学にとどまらず「われわれ」の日常にまで広がっているのではないか。そもそも、五感に基づく現実感覚だけでは、もはや放射性物質もウイルスも把握できないのだ。

 ならば、本書は異常感覚にふける老人小説というよりは、むしろ老いた病者のレンズを通じて群れの感覚を指し示そうとする、徹底して認識的な小説として読み解かれるべきだろう。一般的に、古井は社会から離脱した「内向の世代」の代表と見なされてきた。しかし、古井の可能性感覚は、リアリスティックな実質を備えている。その「内向」の実験は、社会のうわべのコミュニケーションの底にある感覚の遷移を、言葉へと精密に翻訳しようとする。そして、その翻訳の作業は、作家の最晩年において、異常気象の観測と見紛うものとなったのである。

(※)哲学者の木田元との対談(『連れ連れに文学を語る』所収)で、古井は第一次大戦直前の「1906年」の日付を書き込まれたムージルの『特性のない男』について、興味深いことを述べている。「どのような危機感があっても、このオーストリア・ハンガリア二重帝国では、何かが起こった、エス・ゲシート(es geschieht)というドイツ語本来の言い方をせず、エス・パシールト(es passiert)とフランス語風に言う。すると、起こったことも、起こっていないような感じになる。〔ムージルは〕そんな無風地帯にかえって緊迫感をもたせている」。

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