杉江松恋×千街晶之×若林踏、2021年度 国内ミステリーベスト10選定会議 第1位は特殊設定ミステリーのびっくり作?

杉江:では、これを次点にさせてもらいます。もちろん作品として出来がいいのは認めた上で、ですよ。そういう意味では、新人のデビュー短篇集である『感応グラン=ギニョル』を仮に10位に置かせてください。表題作は他人の意識に感応する能力を持った少女を核とした内容で、戦前の芝居一座を巡る話と見えたものが結末で大変なことになります。どの作品にも個人対社会という、私が犯罪小説の第一義と考える構図が盛り込まれており、かつ、江戸川乱歩オマージュもあるというミステリーファンなら読むべき一冊です。

若林:でもまあ、SF短篇集ですよね、これ。

杉江:それは言わない約束でしょ、おとっつぁん。続いて9位には『神よ憐みたまえ』を。ある殺人事件で生き残った女性の生涯を通じて昭和から令和につながる時代を描き出した年代記です。筆力はこの中でも図抜けているし、殺人犯の肖像には時代の負性というべきものが象徴されているようにも思う。ただ、ミステリー外の要素で読ませるというv部分もありますし、9位ぐらいが妥当でしょう。

若林:その上の順位は、今までの話を総合すると4位『六人の嘘つきな大学生』5位『機龍警察 白骨街道』6位『おれたちの歌をうたえ』7位『蒼海館の殺人』8位『忌名の如き贄るもの』ということになるでしょうか。

千街:そうなると、上位3作を見ませんか。『テスカトリポカ』『大鞠家殺人事件』『時空犯』が残っています。いつの間にか『大鞠家殺人事件』が食い込んでいますが。

杉江:内情をバラしちゃうと、実は予備投票では点が低かったんですよね。リストを作成した時点では、私がまだ読んでなかったから。でも、上位に入れるべきでしょう。

千街:暫定1位は『テスカトリポカ』ですが。

杉江:その順位は動かしづらいですね。どこにケチをつける要素がある、という。強いて言えば直木賞を獲ってもうお腹いっぱいでしょうというぐらいで。

若林:だからと言って下げることにはならないでしょう。麻薬戦争で大量の死者が出る中南米から日本の川崎市までを世界規模で股にかけた圧巻の犯罪小説です。後半の活劇も、この作者はここまで書けるのか、と瞠目しながら読みました。一方で『時空犯』も別の意味で飽きずに読ませる力がある。

杉江:さっきも言ったように『大鞠家』もおもしろいし。小説の種類で言えば『テスカトリポカ』と『大鞠家』は物量で読ませる内容ですね。エンタメとしての密度感が凄いですよ。

千街:そうなると1~3位はやはり動かない感じなんじゃないですか。

杉江:私の一押しは『感応グラン=ギニョル』なんで、それを1位に持ってきてもらっても別にかまいませんが。

千街:いや、なんでいきなり全部引っくり返すようなことを言いだすんですか(笑)。1~3位はもう動かせませんよ。あとはその中の並びです。

杉江:実は『テスカトリポカ』の他にもう一冊全員が投票した作品があって、それが『時空犯』なんですよね。全員がいちばんびっくりしたと言っていたわけですし、これを1位にしてみますか。

千街:正直、この3冊ならどれが1位になっても私は構いません。

杉江 よし、じゃあ『時空犯』が「びっくりしたで賞」で1位ですよ。

若林:その言い方はどうかと思いますけど、1位にすることには賛成です。あとは2位と3位。

杉江:『テスカトリポカ』は1位でなければ3位でも納得でしょう。『大鞠家』は、作者の芦辺さんは1位のほうがいいでしょうが、そこは大人で我慢していただいて2位ということで。もともとは圏外だったんですから。

千街:大健闘ですよ。最初の投票からは、ちょっと想像もつかない順位です。ということで。

若林:決定です。

以上、選定会議の模様をお送りしました。みなさんがご存じの作品はランキングに含まれていたでしょうか。挙がったのはみな秀作ばかりです。ぜひ年末年始の読書にご活用ください。

すべての議論の模様は以下からご覧になれます。

リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10・その1
リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10・その2
リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10・その3
リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10・その4

【選考結果】
1位『時空犯』潮谷験(講談社)
2位『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)
3位『テスカトリポカ』佐藤究(KADOKAWA)
4位『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成(KADOKAWA)
5位『機龍警察 白骨街道』月村了衛(早川書房)
6位『おれたちの歌をうたえ』呉勝浩(文藝春秋)
7位『蒼海館の殺人』阿津川辰海(講談社タイガ)
8位『忌名の如き贄るもの』三津田信三(講談社)
9位『神よ憐みたまえ』小池真理子(新潮社)
10位『感応グラン=ギニョル』空木春宵(東京創元社)
次点『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)

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