『かげきしょうじょ!!』と『ライジング!』は“娘役”をどう描いた? 娘役像からの逸脱と男役優位に対する批評性

 女性のみで構成され、男役・娘役やトップスター制度という独自のシステムに基づく、華やかな舞台が人気の宝塚歌劇団。宝塚をモデルにした歌劇団というテーマは、漫画の題材としても人気が高く、これまでにもさまざまな作品が発表されてきた。

 なかでも2012年から現在まで「MELODY(メロディ)」(白泉社)連載中の斉木久美子『かげきしょうじょ!!』と、1981年から84年まで連載された氷室冴子原作・藤田和子作画の『ライジング!』(小学館)は、歌劇団漫画の新旧の傑作として名高い。

 この2作は、「歌劇団の音楽学校に入学した少女がトップスターを目指す」という共通点を持ちつつも、大きく異なる方向性で物語を展開している。『かげきしょうじょ!!』は、群像劇をベースに多数のキャラクターに光を当てながら、歌劇団のチームワークや、そこから生まれるさまざまな人間ドラマを描写する。恋愛描写には重きが置かれていないのも、本作における特徴だ。

 それに対して『ライジング!』は、主人公の少女と彼女を導く若き演出家をメインに据え、役者と演技というテーマや、2人のラブロマンス、そして娘役への転向を通じた男役中心のスターシステムへの挑戦、といった要素を掘り下げていった。

 歌劇団のトップスターには男役と娘役の両方がいるが、より人気と注目を集めるのは、一般的に男役の方である。しかしまた、『かげきしょうじょ!!』と『ライジング!』は娘役の描写にもそれぞれ個性があり、違いを読み比べるのも面白い。娘役を切り口に、それぞれの作品の特徴や魅力を掘り下げてみたい。

※以下、それぞれの作品の内容に触れる箇所がございます。未読の方はご注意ください。

それぞれの作品が描く「娘役」像

『かげきしょうじょ!!(1)』

 『かげきしょうじょ!!』は、100年の歴史をもつ紅華歌劇団を舞台とする。附属の音楽学校に100期生として入学した渡辺さらさは、『ベルサイユのばら』の“オスカル様”に憧れ、トップスターを目指す少女だった。同じ100期として入学した元国民的人気アイドルの奈良田愛は、当初はさらさに反発するも、やがて強い絆で結ばれていく。この2人を中心に、音楽学校の上級生にあたる99期生や、生徒を指導する教職員、紅華のトップスターたち、さらには歌舞伎界の面々などが関わりながら物語は進む。

 作者の斉木久美子はリアルサウンドブックのインタビューで(斉木久美子が語る『かげきしょうじょ!!』制作秘話と作家生活25年の歩み 「“もう終わったな”と一度は思いました」)、物語のヒロインであり、同時に男役を引き立てる役割も背負っている娘役という存在の性質に言及している。こうした娘役のあり方は、歌劇団ものにおいてたびたび踏襲される常套の描写といえるだろう。

 上記の娘役観は、作品の中にも具体的に描写されている。例えば5巻収録の、99期生・野島聖を主役にしたスピンオフで、聖は娘役の存在意義を以下のように説明した。

 “紅華の娘役トップって「絶対ヒロイン」だけど 男役トップのファンの人達の代弁者でもあるの みんなの「大好き」って気持ちを一身に引き受けて ヒロインとしてトップスターに捧げるの”

 しかし聖は、伝統的な娘役の価値観にただ従属するだけの存在ではなかった。7巻には、聖が再びスポットライトを浴びるエピソードが登場する。99期生の卒業公演という晴れ舞台で、聖は同期の中山リサに向かって、「この文化祭が永遠に続けばいいのに…! リサも見ていて 今からあの舞台は私のものよ!!」と宣言する。その姿は、これまで彼女が体現してきた男役を輝かせる娘役像から逸脱し、自らが主役の座を掴もうとする強烈な美しさを放っていた。

 続く中山リサが主役の番外編で、この後に聖が下す衝撃の決断と、文化祭の振る舞いの意味が明かされる。娘役を志望するキャラクターは数多く登場するが、とりわけ野島聖はその独特の立ち振舞いによって、「娘役」というものの性質を浮き彫りにしてみせる存在である。

 ここまで聖を中心に見てきたが、物語では他の娘役にも光が当てられている。奈良田愛は代役をきっかけに男役にも挑戦中で、ぽっちゃり型の山田彩子はコンプレックスを乗り越えて大役を掴む。中山リサはラテン系美女で色っぽいが、正当派娘役像からははみ出す自身の持ち味に悩んでいる。少女たちのそれぞれの葛藤が丁寧に描かれ、どのキャラもみな愛おしくなる。群像がみせる多彩なドラマこそが、『かげきしょうじょ!!』の醍醐味なのだ。

『ライジング!(1)』

 続いて、『ライジング!』を見ていきたい。アメリカ育ちでダンスが好きな仁科祐紀は、ダンスの専門学校と勘違いして、宮苑音楽学校を受験する。だがそこは歌や演技、そして男役・娘役芸も要求される、宮苑歌劇団付属の歌劇学校だった。運良く合格したものの、歌劇について何も知らない祐紀の前に、さまざまな壁が立ちはだかる。だがライバルたちとの競争の中で少しずつ成長を遂げ、祐紀はトップスターを目指していく。

 そんな彼女に期待を寄せ、時には厳しい言葉をかけながらも教え導くのが、若き演出家の高師謙司だった。先進的な思想をもつ高師は、類型的な二枚目ばかりを演じる男役や、男役の引き立て役に甘んじる娘役という、宮苑の伝統的な芝居に強い不満を抱いていた。

 作中でもたびたび指摘されているように、宮苑はスターシステムを取る歌劇団で、ここでいう「スター」とは男役を意味する。祐紀のライバルとして登場する藤尾薫は、男役至上主義と娘役軽視の風潮を体現する人物であり、祐紀は彼女との競争の中で、自身の男役としての限界を知ることになる。また祐紀の同期娘役の芦辺邦子は、娘役ではスターになれない宮苑のシステムに不満を抱き、外部のドラマで活躍する道を選んで退学した。

 現状の宮苑では、娘役は男役の添え物でしかない。だが祐紀ならば、これまでの娘役にはない個性を花開かせ、スターになれるだろう。そう見込んだ高師は娘役への転向を勧めるが、男役でなければスターになれないと、祐紀は葛藤する。

 だが祐紀は「アラビアの熱い砂」という演目で、ライラという魅力的な踊り子役に出会う。ライラを通じて娘役にやりがいを見出した彼女は、最終的に転向を決意する。高師は「おれはおまえを娘役、、で、この宮苑のトップスターにしてみせる! 必ず!!」と誓い、彼が脚本・演出を手掛けた祐紀中心の演目「レディ・アンをさがして」で、大成功を収めるのであった。

 このように『ライジング!』は、歌劇ものでありながら主人公を娘役に転向させることで、男役中心主義に一石を投じる視点を取り入れている。「演じる」というテーマをドラマティックに掘り下げながら、男役優位に対する批評性も織り込んだ物語は、今読んでも先進的だ。

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