葛西純自伝連載『狂猿』第14回 引退覚悟で挑んだ、伊東竜二との一騎討ち

 葛西純は、プロレスラーのなかでも、ごく一部の選手しか足を踏み入れないデスマッチの世界で「カリスマ」と呼ばれている選手だ。20年以上のキャリアのなかで、さまざまな形式のデスマッチを行い、数々の伝説を打ち立ててきた。その激闘の歴史は、観客の脳裏と「マット界で最も傷だらけ」といわれる背中に刻まれている。クレイジーモンキー【狂猿】の異名を持つ男はなぜ、自らの体に傷を刻み込みながら、闘い続けるのか。そのすべてが葛西純本人の口から語られる、衝撃的自伝ストーリー。

第1回:デスマッチファイター葛西純が明かす、少年時代に見たプロレスの衝撃
第2回:勉強も運動もできない、不良でさえもなかった”その他大勢”の少年時代
第3回:格闘家を目指して上京、ガードマンとして働き始めるが……
第4回:大日本プロレス入団、母と交わした「5年」の約束
第5回:九死に一生を得た交通事故、プロレス界の歴史は変わっていた
第6回:ボコボコにされて嬉し涙を流したデスマッチデビュー
第7回:葛西純自伝『狂猿』第7回 「クレイジーモンキー」の誕生と母の涙
第8回:葛西純が明かす、結婚秘話と大日本プロレスとのすれ違い
第9回:大日本プロレス退団と“新天地”ZERO-ONE加入の真実
第10回:橋本真也の”付き人時代”とZERO1退団を決意させた伊東竜二の言葉
第11回:ジャパニーズデスマッチの最先端、伊東竜二との対戦は……?
第12回:アパッチプロレス軍入団と佐々木貴・マンモス佐々木との死闘
第13回:相次ぐ膝のケガとホテルで体験した心霊現象


 2009年5月22日、俺っちは新生アパッチプロレス新木場大会で復帰した。まだヒザの状態が万全ではなかったけど、いつまでも休んじゃいられない。でも、この日は試合直後に金村キンタローさんがアポなしでリングにあがってきて、不穏な空気になってしまった。

 6月8日には、沼澤邪鬼、星野勘九郎と組んで「恐怖のデスケーキ画鋲3万2000個&蛍光灯200本3.2.1バースデス6人タッグマッチ」、7月12日の大日本プロレス横浜文化体育館では「蛍光灯&有刺鉄線ダブルボード6人タッグデスマッチ」、27日はアブドーラ小林とシングルで剣山や蛍光灯が大量に飛び交う「KKKデスマッチ」、8月にはDDTの両国国技館大会に出場、MIKAMIと組んで、ケニー・オメガ&マイク・エンジェルス組を交えたKO-Dタッグ選手権4wayマッチと試合を重ねたけど、モチベーションはいまいちあがらない。

「おい伊東! もうお互いに時間ねえんだ。次の後楽園、テメエとシングルでやってやる!」


 そんななか、俺っちが所属していたアパッチプロレスが、金村キンタロー事件を吹っ切るために新たに「プロレスリングFREEDOMS」として再スタートを切ることになった。9月2日の旗揚げ戦では、俺っちは貴とグレート小鹿と組んでバラモン兄弟たちとの試合だった。

 9月28日の大日本プロレス後楽園ホールでは、「ストリートファイト・ドレスアップ6人タッグマッチ」ということで、俺っちはパンダの気ぐるみを着て、ハッピ姿の伊東と試合をした。

 正直、こんなことをやってる場合じゃないという気持ちが強くなってきた。

 10月1日には、大日本プロレスによる「演劇とプロレスの融合」を目指したシェークスピア劇シリーズの第二弾として「ロミオVSジュリエット Love of deep blood」という興行をやるということになった。

 俺っちはロミオ役で、ジュリエット役はなぜか沼澤邪鬼。劇中に出てくる「毒薬」のために、ザ・グレート・カブキさんから毒霧の使用を許可をもらうとか、よくわからないことになっていた。このイベントはお芝居の部分があってセリフを覚えなきゃいけないんだけど、最後に俺っちとヌマで普通にシングル対決をするという趣向だった。

 この時、演出家の人から「試合が終わったらアドリブで思ってることを喋ってください」って言われてたから、ヌマに勝って試合が終わって、喋りだしたら感極まってしまって、泣きながら「正直、あと何年できるかわからない」とか、思ってることをぜんぶ言ってしまった。

 ラブホテルの清掃バイトをやっていて常に睡眠不足だし、プロレスでも自分のやりたいことができないし、体もボロボロ。引っ張ってもしょうがないから、もう年末までに伊東竜二とやって、それで引退するって決めた。

 この後、10月26日に大日本プロレスの後楽園ホール大会で「蛍光灯200本凶器持込3WAYタッグデスマッチ』をやって、俺っちが勝ったわけでもないのに、これが最後のチャンスだと思って試合後にアピールした。

「おい伊東! もうお互いに時間ねえんだ。次の後楽園、テメエとシングルでやってやる!」

 大日本プロレスとしては、12月の文体でチャンピオンの宮本裕向に、次期挑戦者の佐々木貴が挑戦するという流れをアピールする場だったんだけど、俺っちはそれをブチ壊して控室でもコメントした。 

「あいつとの戦いは因縁とかそういうもんじゃねえんだ。葛西純という独りのレスラーと、伊東竜二というひとりのレスラー、その闘いだ」

「俺っちと伊東の闘いはドラマとかそんなもんじゃねえんだよ。人生VS人生なんだよ」

 関係者からしてみたら、やや唐突だったかもしれない。でも、このアピールで、1カ月後の11月20日後楽園ホールで俺っちと伊東の一騎討ちが決まった。試合形式は「カミソリ十字架ボード+αデスマッチ」。

 もう勝っても負けても関係ないし、いい試合をしてやろうっていう気持ちもなかった。ただ1つのケジメとして伊東とやらなきゃいけないという想いだけだった。

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