石井妙子『女帝』が問題視していたものとは? 6月期月間ベストセラーを考察

石井妙子『女帝』6月期月間ベストセラー

ワンフレーズ・ポリティクスの天才

 本書は政治に関心がある人のみならず、PRや広告の仕事をしている人も必読だろう。

 小池氏は過去には「クールビズ」などをぶち上げて話題を集めてきたし、最近も「ロックダウン」「オーバーシュート」「グレーター東京」「夜の街」とワンフレーズ・ポリティクス、キャッチフレーズ主導のイメージ戦略全開で、暗にそれ以外への注目を向けさせないように働きかけてきた。

 『女帝』では、これらすべてが実行力が伴わないものであること、ろくに実現していないことを多くの有権者に意識させないためにこそ、次々新しいものを打ち出していくのだということが明らかにされていく。

 しかし『女帝』は20万部以上売れているそうだが、都知事選の小池氏の得票数は366万票以上。小池氏のマスコミ利用スキルが圧倒的すぎる。

 小池氏は「出す(出る)」ところと「出さない(出ない)」ところの選別も巧みだ。過去には自らが当主を務める「希望の党」と民進党との合流に関して、不敵な笑みを浮かべて軍事政策に関する意見の合わないリベラル派は「排除します」と発言したことで選挙で大逆風が吹いたことへの反省からか、今回の都知事選では失言や4年間の都政の実績のなさが露呈することを避けて候補同士の討論会にも出ず、コロナ関係の記者会見以外では露出を避けたのだろう。

 『女帝』を読むと、見せ方とオヤジ転がしのテクニックと虚言力さえあれば、特にやりたい政策や思想がなくても、カネも学力も友人も仲間も支援者との深いつながりもなくても、表層的な「映え」に徹底して注力して浮動票さえ獲得すればあそこまでのし上がれるのか、これは持たざる者たちにある種の希望を与えるものかもしれない、とすら思う。実際、ピカレスクロマンとして読んだり、本物のお嬢様でもなく学歴もない女性が男社会で勝ち抜いていくヒロイックな物語として共感して読んでいる人たちも一部いるようだ。

ワイらにとっての『女帝』は違う

 ただし小池百合子を「女帝」と形容することだけは許しがたい。われわれにとって『女帝』といえば、なにより倉科遼先生原作、和気一作先生作画の、水商売の世界で生き、上り詰めていく女性を描いた名作マンガのはずである。

 したがって、水商売で働く人たちが新型コロナに多数感染していることを「夜の街クラスター」などと呼んで市民同士の分断政治を煽るような政治家を「女帝」と呼ぶ気には到底なれない。女帝はマンガの世界にいれば十分だ。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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