171が“ロックバンド”と“ライブハウス”にこだわる理由 3人の初期衝動、新EP『音楽 青春 LOVE』に迫る

「自分の個性はこれでいいんだ」と思えるようになった
ーー今は自分で音楽を発信するハードルがすごく下がった時代だと思いますが、それについてはどう感じていますか?
田村晴信:今は自由な時代だと思っています。昔は、関西でバンドをやっていて東京の人に聴いてもらおうと思ったら、メジャーデビューしないと絶対無理だった。でも今はGoogleアカウントを一つ作れば、明日には全世界に向けて曲を出せる。音楽を始める一番のハードルが下がっていて、セルフプロデュースが当たり前になっていて。自分もその最先端を走りたいとは思っているんですが、周りにはライブハウスの人もディレクターも、昔ながらのやり方をしている人が多いんですよね。最近、出身高校の軽音楽部に行ったら、生徒がイヤモニを使って同期音源でやっていて、驚いたんです。僕らの世代だとドラムの横にパッドが置いてあるなんて普通じゃなかったのに、今の子からすればそれが普通の範疇なんです。世代によって全然違うんだなと思いました。
ーー一方で、171はどこまでもロックバンド然としたロックサウンドを響かせることにこだわってますよね? それがこういうバンドを待っていた、というリスナーのリアクションにも繋がってると思うんです。
田村:僕はずっと「普通のバンドが全然いない」と思っていたんです。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTとかBLANKEY JET CITYみたいな。僕らの世代が見てきた普通のロックバンドを今やっている人があまりいないので、珍しいんだと思います。だから「待ってました」という反応をもらえるのは嬉しいですね。

ーーただ、経済的にも文化背景的にバンドを続けるハードルがどんどん高くなる時代にもなっている。
モリモリ:そうですね。僕は高校・大学時代から、バンドの連絡や予約をする係だったんですけど、最初から手伝ってくれる事務所のスタッフがいないので、店長や周りの先輩のやり方を見ながら覚えていくしかなくて。役目自体に嫌な思いはなかったんですが、バンドを続けるハードルがすごく高いなと感じていました。本当に音楽が好きで「俺は音楽でやっていくんだ」という3人が集まっても、それだけではやっていけない。
ーーだからこそ、ライブハウス特有の匂いがする171の曲に惹かれるものがある。
田村:その煙たさみたいなものは、音源にも出せるようにと意識していますね。
モリモリ:もっとライブハウスに人が来ないと、結局手伝ってくれる人も減っていく。そういう状況は、自分たちの世代で最後にしたいなと最近思っています。本当にいい曲ができているのに、誰にも知られていないということは普通にあると思っていて。音楽の優劣というよりは、好き嫌いの問題。届くか届かないか、それだけなんだと思います。
カナ:私はバンドを始めてから、ライブハウスにめっちゃ行くようになりました。それで、ライブハウスでバイトして照明をやるようにもなって。
田村:僕らは地道にやってきたので。最初は、ライブハウスで友だちができて、周りのバンドにいろんなことを教えてもらいました。「これはかっこいい、これはかっこよくない」って。すぐに売れなかったことで、価値観をかなり塗り替えてもらった気がします。どんなに大きくなってもライブハウスに立ちたいし、新しいお客さんに出会いたい。いつか、200人弱しか入らないくらいの規模に、もう一度落ちていきたいとさえ思っています。
ーーモリモリさんは結成当初、ご両親に反対されていたという話がありましたが。
モリモリ:そうですね。バンドをやるためにフリーターになると言ったら反対されて。「仕事をしたくないからバンドをしているんでしょう」と言われるのがすごく嫌でした。「できることの中でこれが一番いいと思ってバンドをやりたいんです」と言っても、「これしかないと思っているだけでしょう」というふうに返されて。本気でやりたいという気持ちを嘘だと思われていたのがショックだったんです。それで就職して、会社員として働きながらバンドを続けました。関西に住んで、月曜から金曜は社員として働いて、今もそうしています。
ーー結成した直後は、解散することへの怖さもありましたか。
モリモリ:ありました。親に反対された後だったので、ここで解散したら大変なことになると思っていて。最初の2、3年は、いかに解散しないようにするかで精一杯だった記憶があります。僕以外の2人はまだ大学を卒業していなくて、僕だけ社会人のスタートが早かったので、生活のリズムも全然違いました。創作は2人に任せて、自分はそれ以外のことをどう滑らかに進めるかを考えながらやっていましたね。
ーーその状況は、いつ頃から変わっていったんですか?
モリモリ:メジャーデビューのタイミングが大きなきっかけでした。いつの間にか、親がすごく応援してくれるようになって。171のことを勝手にSNSで調べて、僕のライブの予定を先に押さえていたりするんです(笑)。遠征が続いた時には、体を心配する電話が父親からも母親からもかかってきました。それが嬉しくて、自分が間違っていなかったことを証明できたんだと感じましたね。親の気持ちもわかるので。自分が自分に対してどうであるかが一番大切だとは思っているんですが、それでも親の見方が変わったことで、自分の中の確信が少し太くなった気がします。
ーー音楽そのものに対しては、ずっと迷いはなかった?
モリモリ:迷いはなかったです。ただ、インディーズの1stアルバム(『飽き性』)を出した瞬間は、これはもうとんでもなく売れるだろうと本気で思っていました。でも何も変わらなくて、「なんだ、難しいんだな」と気づいて。そこから、どう自分たちを届けていくかをずっと考えてきました。聴いてもらえれば絶対にいいと思える自信はあったので、自信はあるのに結果が伴っていない、というもどかしさがずっとありましたね。

ーー田村さんは自分のソングライティングにおいて、一番根っこに深く流れてるのは何だと思いますか? かなりのメロディメイカーであると思いますが。
田村:バッドミュージック性を持つメロディ、というのが近いかもしれません。キャッチーな音楽が昔から好きで。僕は昔VOCALOIDが好きだったんですが、VOCALOID系のあるレジェンドにライブを観ていただいた時に、「もっといけるよ」と言われたことがあって。VOCALOIDって、口悪く言えば今でいう「ガキ向けの音楽」だと思うんです。でも、それが良かったんだと思うんです。メロディがわかりにくくて、きれいにまとまったジャンルじゃない。でもその上で、みんな尖ったものをやっていた。メロディはキャッチーであることが前提としてあった中で、ということです。
ーーキャッチーであることと尖っていることは、両立できる。
田村:そうですね。バンドをやっていると視野が狭くなって、メロディがキャッチー=ロックじゃないみたいに思ってしまう時もあります。実際そうなる曲もある。でも本当はそこと関係なく、それこそマキシマム ザ ホルモンのように、キャッチーであることと、思い切り尖っていることは両立できると思っています。
ーーバッドミュージックを愛しているという背骨を持ちながら、いかにキャッチーにそれを両立させるか。それが田村さんのソングライターとしての軸になっている。
田村:“音楽”という言葉自体、普通はクラシックやオーケストラみたいな、いわゆるグッドミュージック的なものが想起される気がするんですけど。僕はバッドミュージックが好きなので、グッドミュージックの方は全然わからないんです(笑)。
ーー『音楽 青春 LOVE』という、今の時代、AIでも考えなさそうな(笑)、ド直球のタイトルを冠した背景を教えてください。
田村:タイトル自体は、本当に最後の最後に決まりました。最初からこのタイトルにするために作ったわけではなくて、一曲一曲いい曲を作っていったら、偶然こういう言葉が集まったんです。もともとは「音楽やろうよ!」をタイトルにするつもりだったんですが、解説文を書いている時に「『音楽 青春 LOVE』というド直球のテーマ」と書いてしまって、「これ、EPタイトルじゃん」と気づいて変えました。バンドを組んだ頃は、ひねくれていることに自分のアイデンティティを持ってしまっていたので、なかなかこういうことはできなかったんです。でも、ひねくれなくていいところと、ひねくれた方がいいところの区別が、自分の中でつけられるようになりました。
ーーその区別は、何がきっかけでつけられるようになったんですか?
田村:自分のやっていることに自信が出てきたのはもちろんありますし、それを褒めてくれる人も増えて、「自分の個性はこれでいいんだ」と思えるようになったからかもしれません。いい意味でもがいている感じがなくなって、すっきりした気持ちで踏み込めるようになった気がします。
ーーその自信は、リスナーの反応が大きい?
田村:そうですね。バンドとしても成長してきたと思いますし。最初は自分の歌や歌詞にあまり自信がなかったんですけど、だんだん良くなっていって。今まで4枚アルバムを出していて、1枚目は恥ずかしくて仕方なかった。2枚目で「だんだん歌詞が書けるようになってきた」と思えて、3枚目あたりから本格的に良くなってきた感覚があります。メジャーデビューアルバムの『HELLO!』より、今回のEPではもっといい歌詞が書けたし、いい歌も歌えたと思っています。
ーー自信を持てるようになったのは、モリモリさんとカナさんも同じ感覚ですか。
カナ:私は最初から根拠のない自信が消えることなく続いてる感じです(笑)。「自分たちは最強や」ってずっと思い続けてるので、メジャーデビューして聴いてくれる人が増えたことで何かが変わったって感覚はあまりなくて。なんでかわからんけど、自分たちのやりたいことは実現できるっていう根拠のない自信があります。もうすぐ30歳ですけど、まだあります。
田村:俺も自信満々だったほうだけど、難しさがなくなったというほうが近いかもしれない。こうしないといけない、と思っていたことから、だいぶ自由になれてきた感覚があります。



















