さらさが作り出す“脱力できる場所” 芳醇な演奏でありのままの感情を届けた『Thinking of You Tour』

さらさ、自身最大規模の東名阪ツアーレポ

 「脱力感」。それが、さらさが今の時代に愛される所以なのだろう。今を生きる私たちは、時間もなければ、お金もない。正解を知ることの欲求に駆り立てられながら、穴に落とされないようにビクビク生きている。画面からはたんまり刺激を浴びて、夜になれば身体も心も強張るほど疲れているのに、「今日、自分は何をやったんだっけ」と思いながらベッドに入 る。そんな日々の中で、私たちはいよいよ脱力できる場所を強く求めているのではないだろうか。それが、さらさという音楽が鳴る場所なのだと思う。

 11月13日より開催された、さらさによる自身最大規模の東名阪ツアー『Thinking of You Tour 2025』。11月19日、東京・渋谷Spotify O-EAST公演を私は観た。

さらさ ライブ写真

 さらさが紡ぐメロディはユニークだ。ときに歌うのが難しそうな音にいったりもする。それはこのライブの1曲目に演奏された、最新曲「Thinking of You」からも感じられた。有元キイチ(Gt)、オオツカマナミ(Ba)、松浦千昇(Dr)、石田玄紀(Key/Sax)という強靭なプレイヤーたちによってさらなるダイナミズムを獲得した「Thinking of You」に圧倒されながら、さらさの歌からは、心のままにメロディを紡ぐことを大切にしている姿勢を改めて感じ取った。さらさにとって、正解を狙うところから音楽制作が始まることはまずないのだろう。もしくは、SNSのアルゴリズムで「勝つ」ようなものをあえて作ろうという狙いから始まることもない。彼女のクリエイティブの出発点はいつも、自分の身体から出てくるものや、自分の心や肌がキャッチしたことなのだ。

さらさ ライブ写真

さらさ ライブ写真

 2曲目「太陽が昇るまで」をさらさは、2階席に座っていた私ですら目が合った感覚になるほど、一人ひとりの目を見ながら親友に語りかけるように歌った。それまでキーボードを弾いていた石田がサックスで湧かせた「祈り」や「温度」を経て、6曲目に演奏したのは、さらさにとって始まりの曲である「ネイルの島」。〈何者にもならなくていいと知った〉というフレーズは、さらさの音楽活動の指針にもなっている大切な一行だ。この数字社会において、自分の中で駆り立てられる余計な欲求や焦りに気づき、それを削ぎ落とすことは実に難しい。さらさはそれを体現しているからこそ、今日集まった人たちにとって憧れや愛着を抱く対象になっているのだと思う。

 ステージは、垂れる赤いカーテンに、「Salasa Thinking of You Tour」の文字を型取った布で装飾されていた。この会場には大きなLEDスクリーンが設置されていて、映像を使った煌びやかな演出をするアーティストも多い。そこであえて手作り感やアナログ感で演出していたことも、さらさらしい「隙」や「脱力感」の表現になっていた。

さらさ ライブ写真

 サウンド面でいえば、さらさが「美しく、温かく、孤独な音を出してくれる、ラブリーロンリーさらさバンド」と紹介した面々の演奏が素晴らしかった。全員がキープレイヤーであるが、特に松浦が非常に重要な役割を果たしていたように思う。松浦はジャズがルーツにありながら、様々なジャンルを行き来する柔軟さとテクニックがあり、時にずっしりと重たいビートも鳴らしてバンドのグルーヴを支える。この日のバンドの面々によって、ブラックミュージックを下地にした芳醇なJ-POPとしてのさらさの音楽が底上げされていた。

さらさ ライブ写真
松浦千昇
さらさ ライブ写真
オオツカマナミ

 中盤、有元がプロデュースを手がけた「青い太陽」をカラフルな照明の中で演奏し、次の「午後の光」でモノクロのステージへと変化した流れは、会場の空気が一変したシーンだった。

さらさ ライブ写真
有元キイチ
さらさ ライブ写真
石田玄紀

 「午後の光」には、〈光が強いほど/影は深くなるって/励ましてるつもり?〉、〈みんなつらいよねって/海と比べたりして/そんな人、私は嫌い〉という、さらさの楽曲の中でも特にストレートな言葉がある。この2行にも表れているが、さらさが音楽の中で表現する悲しみ、つらい出来事や感情との向き合い方は、J-POPの中では珍しいと言える。彼女は、わかりやすく励ますこともしなければ、「いつか雨はやんで晴れる」などとも言わない。喜びの分だけ悲しみが、悲しみの分だけ喜びが、毎日の中に訪れていいーーそういったメッセージが、さらさの音楽の中心にはあるのだ。それを象徴するように「祝福」の前には、昨年から今年にかけていくつもの死や別れを経験したが、そういった悲しみに慣れようとしなくとも「そういう中だからこそ感じられる幸福な瞬間や景色があると思う。そういうものを大事にしたいなと思う」と語った。「午後の光」のあとも、思考のグラデーションを肯定する「グレーゾーン」、予感を信じてと歌う「予感」、ステージの前面に腰掛けて届けた「Virgo」と、一つひとつの歌をじんわりと優しく聴き手の心へと染み込ませた。

さらさ ライブ写真

 終盤のMCで、「みんな最近どう? 元気な人ー? わりと調子悪いよって人ー?」と声をかけたのもさらさらしい。目には見えない自然と人間の関係性を大切にする彼女は、「調子が悪い人」で手を挙げた人たちに「仕方ないよ、冬だから。自分を責めないでください」と添えた。自分の性格や怠惰とは関係なく、身体や心の調子の波というのは存在するものだと私も思っている。

 そしてこの冬にもう1つの新曲リリースを準備していることを告げたあと、本編最後に選んだのは「Amber」。〈分かり合えないこと/大切にしてる気がする〉、〈曖昧な確実さに気づいてる〉といった言葉とともに、正解や不正解のあいだ、成功と失敗のあいだ、喜びと悲しみのあいだにあるものすべてを受け入れる歌で締めくくった。

さらさ ライブ写真

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 アンコールは、オーディエンスからリクエストを募り、本編でも〈いい感じでいたい〉の合唱が起きた「朝」をもう一度演奏。そして最後は、「去年のワンマンに来てくださった方からリクエストが多かった曲」だという「船」で、地平線まで見える広い海のようなサウンドスケープを描いた。さらさが最後に残した言葉は、「みんなが明日を、ちょっとでも力が抜けて過ごせたらいいなと思っています」。これからもさらさの音楽は「脱力できる場所」として鳴り響くのだろう。

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