『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』作中曲がグラミー賞ノミネート 歌唱担当3人が歩んだ“逆境”の物語

2025年6月に公開されたアニメ映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(Netflix)は、配信直後から世界中で話題を呼び、ストリーミング開始からわずか2カ月でNetflix史上最多視聴作品となった。K-POPガールズグループが悪霊を退治するという独特の設定に、韓国の文化的コードを普遍的な成長物語へと巧みに結び付けたストーリーは、世界的なメガヒットへと結実した。
作品の成功を支えた重要な要素であるサウンドトラックも大きな注目を集め、収録曲のうち4曲が米Billboard メインシングルチャート「Hot 100」のトップ10入りを果たし、Spotifyグローバルチャートでも高い人気を示した。なかでも劇中グループ HUNTR/Xが歌う「Golden」は、同「Hot 100」チャートで通算8週1位、英国オフィシャルシングルチャート「トップ100」でも通算9週1位を獲得し、K-POP作品として初めてグラミー賞主要部門を含む4部門にノミネートされる快挙を成し遂げた。
この前例のない成功の裏には、劇中でHUNTR/Xのメンバー――ルミ、ゾーイ、ミラ――の歌唱を担った韓国系アーティストEJAE、オードリー・ヌナ、レイ・アミの存在がある。三人はそれぞれ異なる環境と試練のなかで自らの声を見つけ出し、今日のキャリアを築いてきたアーティストだ。彼女たちの歩んできた物語を辿ると、「Golden」という一曲に宿る真実味はより鮮明に浮かび上がってくる。
EJAE――長き練習生生活の挫折を越えて手に入れた黄金の声
1991年生まれのEJAEは幼少期を米国で過ごし、小学生の頃に韓国へ戻った。H.O.T.やBoAに憧れてSM ENTERTAINMENTのオーディションに合格し、2003年から練習生生活を始めた。10代の彼女は毎朝7時から夜11時までダンスとボーカルの訓練をこなしながらデビューを夢見たが、事務所が求める“澄んだ声”の傾向と合わず、23歳で契約が終了。12年かけて追い続けた夢は幕を閉じた。契約終了の夜、雨のなかタクシーで帰宅しながら泣き崩れ、「あれほど努力したのに人生はこんなに難しいのか」(※1)と絶望したという。
一時はK-POPそのものに対する恨みを抱くほど深い自己否定に陥った彼女だが、最終的には再び音楽に救いを見出すことを選んだ。彼女は作詞/作曲の道に転じ、EXID ハニの「Hello」で作家デビュー。その後Red Velvetの「Psycho」、aespaの「Drama」や「Armageddon」などヒット曲を手掛け、かつて“理想の声”を追い求め喉を痛めるほど自分を押し殺していた練習生時代を越え、ソングライターとして本来の自分と向き合う道を確立したのである。今では「後悔のない貴重な時間だった」とその経験を受け止め、そこで培った粘り強さやK-POP業界への理解が現在の創作活動を支える大きな礎になっていると振り返る。
当初は『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』にも作曲家として参加するだけの予定だったが、監督の要望によりリーダー ルミ役の歌唱も担当することになった。彼女は完璧を求めるあまり自分を隠してしまうルミの姿にかつての自分を重ね、「練習生の頃は、コンプレックスを隠し、完璧でいなければならないという圧迫感が常にあった」と語る。レコーディング中には感情が込み上げ、思わず涙を流してしまった瞬間もあったという。「Golden」は、長い挫折を乗り越え、自分自身を取り戻したEJAEの物語が結実した楽曲であり、彼女にとっての大きな癒やしでもある。さらに、EJAEが歌うことで“もう隠れずに輝いていい”というメッセージを世界中の人へと送り届けるアンセムとなっている。
オードリー・ヌナ――キムパプを隠して食べた少女が世界の晴れ舞台へ
ニュージャージー州マナラパンで育った韓国系アメリカ人アーティストのオードリー・ヌナは、学校で数少ない韓国系生徒として、周囲の視線を気にしながらキムパプを一切れずつ隠して食べていた記憶があるという。作品中でHUNTR/Xのメンバーがキムパプを自由に食べるシーンには深く胸を揺さぶられ、涙がこぼれたと語る(※2)ほど、その時期の経験は彼女の心に長く影を落としていた。幼い頃から歌を愛しながらも、アジア系女性としてメインストリームの音楽界に立つことの難しさを痛感してきた彼女にとって、その体験はむしろ音楽活動を支える強い原動力となっていった。
16歳から作詞/作曲を始めた彼女は、2019年のシングル「Comic Sans (feat. Jack Harlow)」で注目を集めて以降、R&B、ジャズ、ヒップホップ、ポップを自在に行き来する楽曲で、米国と韓国というふたつの文化にまたがる自身の“二重性”を表現してきた。本作に参加する以前から、彼女は「自分と同じ顔をした人がメインストリームで活躍する姿を見たことがなく、アウトサイダーとして生きてきた経験が私の動機になっている」(※3)と語り、レースやジェンダーの境界を越える作品を生み出したいと話していた。また、アジア系アーティストの活躍がメインストリームで“当たり前”になる日を望み、「それが自分でなくてもいいから、その実現に関わりたい」とも話していた。
「Golden」の成果は、オードリー・ヌナにとって、韓国系アメリカ人女性としてメインストリームに立つというかつての使命をミラとして体現した瞬間でもあった。彼女は「ミラのタフな態度は、自分を受け入れない世界から身を守る防御機制であり、本当の強さはその内側に宿る共感力にある」(※4)と語り、アウトサイダーとして歩んできた自身の人生をキャラクターに重ね合わせている。強さの裏に潜む弱さを認め、仲間とともに前へ進む――そんな「Golden」の物語を通じて、彼女はかつての自分と同じ境遇にいる人々へ力強い勇気とインスピレーションを届ける存在となった。
レイ・アミ──トラウマを音楽に転化した“レイジポップ”の旗手
1995年にソウルで生まれたレイ・アミは、6歳のときに米国メリーランド州へ移住。熱心なキリスト教の家庭で育ち、幼少期から教会で楽器も習った。しかし成長するにつれて、彼女が属していた信仰共同体が実質的に“カルト”と呼べるものであり、個性が抑圧される環境にあったことに気づく。彼女は「来世に両親と永遠に離れ離れになるかもしれない」(※5)という恐怖から毎週日曜夜にパニック発作を起こすほどの不安に苛まれていたと振り返っている。成人後はこのトラウマを癒やすため、親に隠れて心理カウンセリングを受け、作詞/作曲によって内面の怒りと悲しみを音楽へと注ぎ込んだ。
2019年、彼女は『美少女戦士セーラームーン』のキャラクター、火野レイ(セーラーマーズ)と水野亜美(セーラーマーキュリー)にちなんで「レイ・アミ」というステージネームを名乗り始めた。炎のように大胆で、水のように穏やかな自分の二面性を示す名前だという。大学在学中は日中に事務職として働き、夜は浴室を即席スタジオにして楽曲制作を続ける二重生活を送り、2020年にはサブ・アーバンとのコラボ曲「Freak」がYouTubeで数億回再生を記録して一躍注目を集めた。2021年にはアミーネ、ロロ・ズーアイを迎えたミックステープ『Foil』をリリースし、ラップ、R&B、オルタナティブ・ポップを横断する独自のサウンドを確立。宗教的トラウマや抑圧された感情を爆発させる“レイジポップ”というスタイルを提示した。
「Golden」がBillboard1位を獲得した知らせを受けた彼女は、音楽を始めた当時について「道を見失い、人を信じることさえできなくなっていた。ついには自分の価値まで疑い、自分を隠すようになってしまった」(※6)と語っている。また、「他人のために曲げることなく、自分のなかにあるものはそのまま外へ出していい」という、自身が大切にしてきた姿勢を明かし、「Golden」と共鳴するメッセージを届けた。「Golden」は、彼女にとって“音楽に救われた自分の人生”を静かに見つめ直す一曲でもある。
3つの声が響き合った「Golden」という光
三人のアーティストは出自や音楽性、経験した試練こそ異なるが、共通して“試練を通じて自らの声を見つけた”という軌跡を持つ。長い練習生生活と挫折を乗り越えたEJAE、宗教的抑圧を克服し怒りを音楽に昇華したレイ・アミ、マイノリティとしての痛みを抱えながら境界を打ち破ろうとするオードリー・ヌナ。彼女たちの物語は『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』のストーリーと、本当の自分を隠し続けた人々が自らを受け入れ成長する「Golden」の歌詞と強く共鳴する。「Golden」は、ルミが自身の弱さを認め仲間と歩む決意を歌う楽曲だが、三人が積み重ねてきた経験と癒しの声が重なり合い、この曲は単なるK-POPヒットソングを超えて自己受容と連帯のメッセージを届ける真のアンセムとして世界中に響く。

※1:https://daebak.tokyo/2025/10/23/ejae-on-sm-trainee-days/
※2:https://www.youtube.com/watch?v=z9PusX5ugbI
※3:https://www.papermag.com/audrey-souffle-premiere#rebelltitem14
※4:https://www.dazeddigital.com/music/article/69014/1/audrey-nuna-is-a-real-life-k-pop-demon-hunter
※5:https://www.ibtimes.co.uk/who-kpop-demon-hunters-rei-ami-voice-behind-huntrixs-zoey-named-after-two-sailormoon-1747138
※6:https://www.youtube.com/watch?v=s1uIi7zPwD0
■リリース情報
「Golden」
配信中
配信リンク:https://umj.lnk.to/KDHC_Golden
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』オリジナル・サウンドトラック
発売中
配信リンク:https://umj.lnk.to/KpopDH
■関連リンク
日本公式サイト:https://www.universal-music.co.jp/kpop-demon-hunters/
























