chelmico Rachelがohayoumadayarouで掬い上げるもの “満たされなさ”を抱える人たちに届けたい音楽

Rachelがソロで掬い上げるもの

 chelmicoとしての活動と並行して、Rachelが静かに育ててきたソロプロジェクト・ohayoumadayarou。その初のEP『そこにないもの』は、軽やかなポップさの奥に、喪失や不在、名前のつかない感情がふっと揺れるような作品だ。サウンド面では、これまでも信頼を寄せてきたプロデューサー・ESME MORIが全編に参加し、シンプルでありつつも憂いを含んだサウンドスケープを作り上げている。心地よさと息苦しさが同居する「Crawl」をはじめ、さまざまなうまくいかない出来事と重なり合う「玉ねぎ」、どこか清々しい諦観を歌う「惑星」など、曲作りの背景やプロセスについて、Rachel本人にじっくりと語ってもらった。(黒田隆憲)

「選べなかったもの」「選ばなかったもの」について考え込んでしまう年代

ohayoumadayarou Rachel(撮影=Yasuda Madoka)

ーー今回のEP収録曲は、特にテーマを決めて書き始めたわけではないと資料にありました。それでも一貫したムードやトーンがあって、『そこにないもの』というタイトルがそれを象徴していると感じました。

Rachel:全ての曲が揃ったあとも、タイトルだけずっと決まらなくて。「どうしようかな」と悩んでいたんです。そんなとき、J-WAVEの『MUSIC BLOOM』という番組内で、私と一緒にナビゲートを担当しているShin Sakiuraくんが、「Crawl」をオンエアした後の雑談の中で「Rachelって『ないもの』の周りのことをいつも歌ってるよね」と言ってくれて。その指摘がすごく腑に落ちたんです。もともと喪失感みたいなものを歌っている自覚はあったのですが、「それをそのままタイトルにしてもいいんだな」と思えたというか。Shinくんの言葉で全部がすっとつながって、このタイトルが自然と頭に浮かびました。

ーーなるほど。実際EP収録曲は、喪失感や不在、欠落、未完の感情が通底している印象があります。

Rachel:ohayoumadayarouとして最初にリリースした曲「mo osoi」ができたとき、「chelmicoでは表現できなかった、自分のすごくパーソナルな喪失感を描けるチャンスだ」と感じたんです。私は自分の過去について、「もっとこうしたかったな」「もっとああいう環境がよかったな」と思うことがよくあって。それは例えば、「もっと勉強したかった」とか「スマホをもっと早く持ちたかった」みたいなすごく些細なことではあるんですけど(笑)、自分にとっては「得られなかった自由」として強く残っている感覚なんですよね。そういう複合的な欠落を抱えた「過去の自分」に向けて歌っている感じが、今回のEP全体に共通していると思います。

ーー例えば普段触れる本や映画も、そういったテーマの作品が多いですよね?

Rachel:確かに、ちょっと悲しい作品が多いのかもしれない。もちろん、元気になる系の作品も好きなんですけど、自分にしっくりくるのは、湿度のあるエッセイや伝記、あるいはグズグズ言ってる感じの作品かもしれない。そういえば、この間久しぶりに『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を観たんですよ。人によっては「あれはアドレナリンが出る」「爽快で面白い」と感じる映画ですが、私はすごく悲しい話だと思ってしまって。

ーーたしかに、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』の主人公ジョーダンは、どれだけ成功しても満たされない人物ですよね。

Rachel:そうなんです。『ファイト・クラブ』もそうで、「悲しいな……」という気持ちになる。ああいう「満たされなさ」みたいなものは自分の中にもあると思うんですよね。もちろん映画ほど極端ではないですけど(笑)。たまたま結婚したり、子どもができたりという出来事が重なりましたが、そのタイミングがちょうど仕事をもっと頑張りたいと思っていた時期でもあって。きっと多かれ少なかれ、どうしても「選べなかったもの」「選ばなかったもの」について考え込んでしまう年代なんですよね。

 「もし別の選択をしていたらどうだったんだろう」と思わない日はあまりなくて、ひとりで寝るときにふっと我にかえる。特に女性は、そういう現実を目の当たりにするタイミングが訪れやすいと思います。まったく気にしない人もいるけど、私の友達を見ていても、いろんな属性の人がそれぞれのタイミングで悩んでいる。だから、そういう人にも届くといいなと思います。

ーーEPのジャケットは空っぽのショッピングカートの写真ですよね。あれはどこで撮影されたものなんですか?

Rachel:私のアーティスト写真や、これまでのシングルジャケットもお願いしている渡邊りおさんが撮ってくれました。今回のEPも曲を全部聴いてもらった上で、「少し寂しさや不穏さが滲む写真がいいです」とお願いしたところ、いくつか持ってきていただいた候補の中から最終的にこれを選んでいます。

 撮影場所は具体的には言えないんですけど、横浜にある寂れたモールのような場所でのスナップです。その感じも相まって、EP全体が「横浜モード」というか、私の中で一番乾いていた時期とリンクしている気がして。最初のシングルのジャケットも自分が住んでいた場所だったりと、個人的な記憶が自然と反映されています。

ohayoumadayarou Rachel(撮影=Yasuda Madoka)

ーーその「Crawl」ですが、デビューライブでは1曲目に披露していましたよね。まるで水の中にいるような、心地よさと息苦しさが同居しているようなサウンドだと思いました。

Rachel:まず最初に、MORIくん(ESME MORI)がイントロのリフを持ってきてくれました。リフを弾いてる中で「これいいね」となり、そのリフをもとにビートを組んでもらっています。最初に聴いたとき、水の気配がすごく強くて、最初は「プール」というタイトルにしようかと思ったのですが、泳いでいる動きが強くイメージされたので「クロール」にしました。プールという曲よりクロールという曲の方が少なそうという理由も正直ありました(笑)。

ーー歌詞についてはいかがですか?

Rachel:ずっと「会えなくなってしまった人」のことを歌いたい気持ちがあったんです。chelmicoでもそういうテーマの曲はいくつか作っていますが、今回はもう少し抽象度を上げたり、優しいアプローチにしたりしたかった。

ーー「プール」という場所に対して、特別な思いや思い出はありますか?

Rachel:小学生の頃、水泳を習っていたんですが、その時間が本当に一人になれる時間だったんです。もともと親が家にあまりいなくて鍵っ子で、一人で過ごす時間は多かったんですけど、水泳の時間ってそれとはまた違う、誰にも気を遣わなくていい場所というか、完全にパーソナルな空間だったんですよね。

 プールって声が出せないのに、距離が縮まる場所として描かれたりするじゃないですか。誰かと同じ水の中にいるだけで、すごく近づいたように感じるあの不思議な感じ。そういうイメージが私の中にもあって、だから自分にとってプールは特別なんだと思います。海じゃなくてプールが出てくるのは、そこに理由があるんだと思います。

「玉ねぎ」「西澄寺」…生活する中で湧き出た言葉たち

ohayoumadayarou Rachel(撮影=Yasuda Madoka)

ーー2曲目の「玉ねぎ」も、ライブでとても印象に残りました。

Rachel:この曲はなぜかミュージシャンや音楽関係者、何かを表現している人たちからすごく気に入ってもらえる率が高くて。自分としては意外でしたね。短い曲で、同じフレーズを繰り返したりするので、どこか童謡のようなイメージだったし。実はこの曲、育児をしているときに「これって『あるある』だな」と思った瞬間をそのまま日記みたいに書いた曲なんです。本当にあったことをそのまま。

 子どもって本とか枕とか、平気で踏むじゃないですか。でも、それっていつ踏んじゃいけないって覚えるんだろう? と考えたんです。最初は「ダメ!」と言われて覚えるけれど、大人になると自然と理解して踏まなくなる。その姿を見たときに、なんとなく自分と重ねてしまって。それで本当に思ったまま書いたら、あっという間に30分くらいで書き上がりました。2番だけ少し悩みましたけどね。1番で言いたいことを全部言ってしまったので(笑)。

ーーお子さんのことがベースにあった曲なんですね。

Rachel:私自身はそういうつもりで書きましたが、聴く人がどう受け取るかは自由。2番は恋の歌っぽくも聞こえるし、キャリアのことでもありますよね。「うまくいかない」「ないがしろにされてる」「舐められてる」みたいな感覚って誰にでもあると思うので。そういう意味で、聴く人がそれぞれの状況に当てはめて聞けるよう具体的ながら少しメタファーっぽい表現も混ぜています。

ーー歌詞に出てくる〈ハンバーグ〉は、何かの暗喩ですか?

Rachel:私にとってハンバーグは、成果物というか、形に残るけれど、(食べたら)目に見えなくなるもの……愛情に近いものだと思っています。すごく丹精込めて作っても食べたらなくなる。曲も同じで、適当に聴かれることもあれば、すごく大事に受け取ってもらえることもある。でもそれって自分ではコントロールできないじゃないですか。そんなことを、実際にハンバーグをこねながら考えているうちに出来ました(笑)。

ーー3曲目の「西澄寺」は、世田谷にある実在のお寺がテーマ?

Rachel:そう。以前住んでいた場所の近くに「西澄寺」というお寺があって、その最寄りのバス停をよく使っていたんです。曲はまさにその辺りで書きました。近くに大きいみかんみたいな柑橘系の実がぶら下がっていて、それを見たまま歌詞にしていった感じです。ちょうど落ち込んでいた時期でもあって……。

ーー実はかなりシリアスな歌詞ですよね。

Rachel:今回、ちょっとクールなラップに挑戦してみたくて、私は高い声のイメージが強いし、自分でもそこが得意だと思っているんですけど、あえて低い声で、生活感のあるラップにトライしてみたくて。そういう挑戦の曲でもあります。

 オルタナ系が好きな人からのウケがとても良くて、特に男性の支持率が高いんですよね。バンドっぽいサウンドでもあるので、刺さる属性がけっこうハッキリしている印象です。まだ身近な人たちが中心に聴いてくれている段階ですけど、ポップな楽しさだけでなく、クールな質感も自分の表現として出せたという手応えがあります。

ーーギターのリフもトリッキーで印象的。

Rachel:あれ、多分弾けないと思うんですよね。弾けるのかな……? 実際にギターで弾いて確認したわけじゃないんですけど、手で弾いたら難しそうなフレーズがあって。これはギタリストだと思いつかないんじゃないかなと。もちろん、それもohayoumadayarou の面白さなんですけど。楽器を弾く人には発想しえないようなことがサウンドに散りばめられている。シンプルだけどどこか新鮮で、あまり聴いたことのない手触りを届けられているのかなと思っていますね。

ohayoumadayarou Rachel(撮影=Yasuda Madoka)

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる