ヒグチアイの赤裸々な言葉が現代を生きる我々にもたらすもの――6thアルバム『私宝主義』クロスレビュー

「見晴らしのよさも埋まらない欠落も、隠すことなく歌っている」(天野史彬)
誰かに「君はそのままでいいよ」と言われたときに、そう言ってくれた人の優しさに「ありがとう、ありがとう」と思いつつ、「そのままでいいわけがない」と一番よくわかっているのは自分自身で、だからいつも、誰かがかけてくれる言葉と、自分の心の間には薄い膜が張っている感じがする。その膜を破ってくる人に出会いたいのかと言われれば、必ずしもそういうわけではなく、なぜなら、そういう人間はただ無礼でデリカシーがないだけの可能性が高いからで、膜の外側を撫で合うくらいのコミュニケーションが一番ちょうどいいのかもしれない。何より、誰かに言葉をかけてもらうことを待つとか、かけられた言葉をジャッジしようなんていう態度がそもそも卑しいのであって、「すべては自分次第なのだ」ということは嫌というほどわかっている。
しかし、ヒグチアイのアルバム『私宝主義』を再生したら、1曲目の「わたしの代わり」から、その音楽はじんわりと、世界と私の心の間にある膜を透過して、心の底の部分にまで辿り着いてしまったのだった。「言葉をかけられる」というより、これは「共に生きていく」という表現の似合う音楽だ、と思った。ただ、それは私にとって“発見”というよりは“再確認”で、これまでもヒグチアイの音楽に触れてきた私は改めて「ヒグチアイの音楽は、そのときの年齢や、それに応じて生まれる社会との接触の仕方に応じて変化していくものなのだ」と実感した。だからこそ、彼女の音楽が絶対的な“正解”のようなものを表明することはないのかもしれないとも思う。そのときそのときの繊細な気づきや痛みの中で、「こう生きたい」とか「こうあるべきなのかもしれない」ということを少しずつ手繰り寄せ、積み重ねていくことが、彼女にとっての“アルバム作り”という創作なのかもしれない、と。
生きることの実感から手繰り寄せたであろう言葉たちが多く歌われているが、暑苦しくも説教臭くもない。エモーションや生き様で聴き手の気を引こうとしない、音楽家としての品性が隅々に宿っているアルバムである。1曲目にして特筆すべき名曲である「わたしの代わり」はTHE CHARM PARKが編曲を手掛けており、バイオリンやチェロも静謐ながら饒舌に響き、躍動感のあるドラムが駆け抜ける。1曲を通して、まるで1本の映画を観たような濃厚な体感がある。変な例えだが、エンニオ・モリコーネの美しい映画音楽と日本の叙情的なフォークミュージックが混ざったような独創的な音楽世界だ。そんな曲があったかと思えば、結束バンドの「月並みに輝け」でも共に曲作りを行った三井律郎がギターと編曲を務めた「エイジング」のようなロックな曲もある。色とりどりの音楽が耳を楽しませてくれる。
歳を重ねれば見晴らしがよくなる。10代や20代の頃のように、ずっと鏡に向かって考え事をするようなこともなくなるから。しかし、見晴らしがよくなったからと言って、いいものばかりが見えるわけではない。見晴らしがよくなった分だけ、見たくなかったものまで見える。この欠落は埋まらないこと。もう会えない人もいること。敗北。取り返しがつかないということ。そういうこともすべて、この『私宝主義』は隠すことなく歌っている。
最後を飾る11曲目「ぼくらが一番美しかったとき」も素晴らしい曲だ。いつかの未来から振り返ったときに、2025年の今この瞬間を「ぼくらが一番美しかったとき」と言えるだろうか。言えたらいいな。そんなふうに生きていたい。そんなふうに生きるべきだ。(天野史彬)


◾️リリース情報
ヒグチアイ 6thアルバム『私宝主義』
2025年10月29日(水)リリース
配信:https://higuchiai.lnk.to/shihousyugi
購入:https://higuchiai.lnk.to/6thalbum_cd
・初回限定盤[CD+BD]:PCCA-06430/6,600円(税込)
・通常盤[CDのみ]:PCCA-06431/3,300円(税込)
<CD収録内容 ※初回限定盤、通常盤共通>
1. わたしの代わり
2. 花束
3. バランス
4. 雨が満ちれば
5. エイジング
6. 一番にはなれない
7. 誰
8. 静かになるまで
9. 恋に恋せよ
10. もしももう一度恋をするのなら
11. ぼくらが一番美しかったとき
<Blu-ray収録内容>
『HIGUCHIAI band one-man live 2024 [未成線上]』
2024年2月4日(日)大阪 なんばHatch
1 祈り
2 わがまま
3 最後にひとつ
4 このホシよ
5 いってらっしゃい
6 悪魔の子
7 誰でもない街
8 mmm
9 大航海
『HIGUCHIAI ALL TIME BEST LIVE "元気じゃなくてもまた会いましょう"』
2024年12月14日(土)東京国際フォーラム ホールC
1 かぞえうた
2 ココロジェリーフィッシュ
3 猛暑です
4 不幸ちゃん
5 悪い女
6 玉ねぎ
7 まっすぐ
8 悲しい歌がある理由
9 わたしのしあわせ
10 備忘録
11 黒い影
12 街頭演説
13 メドレー
14 東京にて
15 ラジオ体操
16 祈り
17 劇場
encore1 悪魔の子
encore2 縁
◾️全国ツアー情報
『HIGUCHIAI solo/band tour 2025-2026“ただわたしがしあわせでありますように”』
-solo-
・2025年11月23日(日)東京 日本橋三井ホール
open 16:15 / start 17:00 全席指定 / 前売5,800円(税込)当日 6,300円(税込)
・2025年11月24日(月祝)宮城 エル・パーク仙台 スタジオホール
open 17:30 / start 18:00 自由席 / 前売5,300円(税込)当日5,800円(税込)
・2025年11月29日(土)神戸 KOBE QUILT <SOLD OUT>
[1st]open 14:30 / start 15:00
[2nd]open 17:30 / start 18:00
自由席 / 前売5,300円(税込)当日5,800(税込)
・2026年1月10日(土)広島 CLUB QUATTRO
open 15:30 / start 16:00 全席指定 / 前売5,800円(税込)当日6,300円(税込)
・2026年1月11日(日)高松 オリーブホール
open 16:30 / start 17:00 全席指定 / 前売5,800円(税込)当日6,300円(税込)
・2026年1月17日(土)福岡 RESOLA HALL
open 16:30 / start 17:00 全席指定 / 前売5,800円(税込)当日6,300円(税込)
・2026年1月24日(土)札幌 モエレ沼公園 ガラスのピラミッド
open 17:00 / start 17:30 自由席 / 前売5,300円(税込)当日5,800円(税込)
・2026年1月31日(土)長野 千石劇場
open 17:30 / start 18:00 全席指定 / 前売5,800円(税込)当日6,300円(税込)
-band-
・2026年2月13日(金)東京 Zepp DiverCity(TOKYO)
open 18:45 / start 19:30 全席指定 / 前売6,800円(税込)当日7,300円(税込)
・2026年2月22日(日)大阪 GORILLA HALL OSAKA
open 17:00 / start 17:30 全席指定 / 前売6,800円(税込)当日7,300円(税込)
・2026年2月23日(月祝)名古屋 NAGOYA ReNY limited
open 16:30 / start 17:00 全席指定 / 前売 6,800円(税込)当日 7,300円(税込)
・2026年3月15日(日)韓国 Shinhan Card SOL Pay Square
※公演詳細後日発表
<各プレイガイドでチケット発売中>
イープラス https://eplus.jp/higuchiai/
ローソンチケット https://l-tike.com/higuchiai
チケットぴあ https://w.pia.jp/t/higuchiai-t/


























